MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『神断』


古い友人から電話があった。
「プロのマジシャンに会って
 話を聞きたいって女の子がいるのよ。
 弟子になりたいということじゃないみたい。
 会ってみてくれる?」

弟子になりたいということなら気が引けるが、
話だけならしましょうと、会うことにした。

現役の女子大生で、背の高い細身の美人。
プロのマジシャンになれば
きっと人気が出るに違いないのだが、
どうやらその気はないようだ。
彼女はおずおずと質問を切り出した。
「プロ・マジシャンになろうと思った時、
 迷いとか不安はなかったのでしょうか?」

僕の答えは、
「企業に就職する方が不安だったし、
 自信もなかったからね。
 マジシャンの方が心配がなかったのですよ」
実のところ、あれこれ考える前に
プロ・マジシャンになってしまったのだが。

話を聞いているうちに、彼女のこれまでの人生を
少し、知ることとなった。
彼女は幼い頃にヴァイオリンを習い始めた。
指導の先生が彼女の才能を見初め、
ヴァイオリンと共に成長する人生であった。
音大に入学し、更に研鑽に務めた。

ところが、3年生になる直前から
急に不安が大きくなってきてしまったという。
「わたしは、本当にヴァイオリンの才能が
 あるのだろうか」
一度不安を覚えてしまうとレッスンにも身が入らず、
ただ惑う日々。
そんな時、指導の先生から、
「ヴァイオリン以外の人生も、
 考える必要があると思います」
という、厳しい宣託がなされたのだった。

「自分も不安だったから、先生の言葉も
 実はそれほどショックではありませんでした。
 『あぁ、やっぱり』くらいに聞いてました。
 ただ、小さい頃からヴァイオリンを弾いて
 生きていくものと思っていましたから‥‥」

僕の方が、この話に大きなショックを受けてしまった。
もう音大の3年生にもなって、
「ヴァイオリン以外の人生を‥‥」
なんて、目的の最上階のひとつ下のフロアーで
エレベーターから降ろされてしまうような
ものではないか。
初めて降りたフロアーには、
ガランとした人気のないスペースがあるだけ。
窓からは見知らぬ光景が遠く広がるばかり。

僕がプロ・マジシャンになった頃を
ヴァイオリニストに例えれば、
なんとか2、3曲を弾ける程度だった。
それもただ自己流で、特別な響きなどなかったのに。

「ヴァイオリンの世界って、ある日突然に、
 『そろそろ別の人生を考えましょうね』という、
 指導していただく先生の診断がありまして。
 この診断は間違いなどなくて、神様の診断、
 神断なんて言われていました」

バレェ・ダンサーの世界を描いた映画を観たことがある。
幼い頃からレッスンを続けてきた子が、
指導者に骨格を短時間調べられただけで、
「ふむ、君にはバレェ以外の人生があります」
などと、まさに神断を下される場面があった。
神断に迷いも狂いもなく、少年はスクリーンから消え、
二度と戻ってはこなかった。

以前にも書いたが、鬼才と呼ばれるお笑い番組の
構成作家が、面白くないことばかり連発するタレントに、
「黙れっ、あんたは面白くないっ」
と一喝したことがあった。
これもまた、ひとつの神断だったのかもしれない。

「面白くない人って、間が悪い。
 間が分かってない。
 人の気持ちを読めない。
 結局、自分勝手なんですよ。
 ただしゃべってるだけ、人のことは考えない。
 なんつーか、絶対音感の人が
 オンチの唄に堪えられないみたいに、
 もうね、聞いてられないんだよ。
 我慢してると、こっちの神経が危ない」


彼女が再び口を開いた。
「マジックの世界にも、神断はあるのでしょうか?」
マジックの世界には、
それほど厳しい神断はないと思う。
ただ、人前で芸をするのだから、
目の前の観客の反応が神断と言えるのかもしれない。

僕は、ある日の出来事を話した。

「この間、収録があってね。
 観客のほとんどが子供、幼児でね。
 ゴム製のハトを出して落としたり、
 ナイロン製のウサギを出したり、
 僕の頭を回したりしたんだよ。

 そしたら幼児たちの手厳しい神断が下されたんだよ。
 そりゃもう静かな、しーん‥‥という神断が」

彼女が初めて、ふふふと笑った。

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2013-10-20-SUN
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