MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『廃屋マニア』


2泊3日の旅に出た。
新幹線から在来線に乗り換え、小さな駅で降り、
車で1時間ほど走り、ようやく目的の町に着いた。

最近は、沖縄でも北海道でも日帰りの仕事が多い。
それが、今回の仕事は初日はただ目的地に着くだけ、
翌日に仕事するだけという、
実に優雅なスケジュールではないか。

夕食の前に、町をブラブラと散策に出た。
道の左側は海、右側に家々が点在している。
潮風対策なのだろうか、外観をカラフルに
ペイントした家ばかりだ。
黄色とか青とかの原色で、
屋根や壁が塗り分けられている。
それらの原色が、家を覆い尽くしてしまいそうな
樹木や草花の緑で囲まれている。
自然の緑とペイントの原色が、
鮮やかな対称をなしていて美しい。

更にぶらぶら歩いて行くと、曲がり角に廃屋が見えた。
平屋で、割と広い家のようだ。
周りの夏草が伸び、庭も玄関も覆い尽くしている。
鮮やかであったはずのペイントも、色を薄めている。
赤い屋根はさび色に、
黄色い壁は枯れ始めた草花のような色合い。
それはそれで、妙に美しい。

家の周りを歩いてみた。
どうやら以前は飲食店だったようで、
花畑のような庭を分けるように柵があり、
その先に白いドアが見える。
大きな窓がいくつもある部屋は、
木のフローリングのようだ。
その裏手に、小さな部屋が続いている。
どの部屋も人が住まなくなって久しいのだろう、
色も重さも失ってしまっている。
今にも朽ちて土に還ってしまいそうな、
まさに廃屋そのものの佇まいだ。

私は想像を巡らす。
かつてはこの大きな窓から庭の花々を愛で、
その先の海を眺められたのだろう。
町の人気の喫茶店で、たくさんの人が
コーヒーや食事を楽しんだに違いない。

大きなテーブルを囲んで大勢の客が語り合う、
賑やかな喫茶店。
「いらっしゃいませ〜、こちらへどうぞ」
可愛いウエイトレスさんは、長女。
カウンターの中で忙しく働いているのは彼女の両親、
つまりは家族経営というわけだ。

美味しいランチと可愛い長女の笑顔を目当てに、
若い男たちが席を埋める。
夜になればオーナー自慢のタンシチューで
生ビールやワインを楽しむ。
もちろん、一番の自慢は長女のつぶらな瞳なのだ。

店は、昼も夜も賑わった。
だが、いつしか長女は都会に出て働くことになり、
可愛い笑顔を見ることもできなくなった。
客足は細り、かつての賑わいがウソのように
寂しくなってしまった。
経営が立ち行かなくなり店を閉め、
両親も長女を追うように都会に行ってしまった。

大勢の人が長く時を過ごした家は人影を失い、
過去の温かな空気を閉じ込めるだけになった。
白いドアは朽ち、長女の笑顔のように輝いていた外壁は
表情を失っていった。

どれほどの時間、私は物思いに耽っていたのだろうか。
ふと気付けば、廃屋の前に佇んで
勝手にこの家の物語を頭の中で紡いでいたのだった。

そう、私は廃屋マニアなのだ。
私は旅先で廃屋を探し、妄想を巡らすのが大好きなのだ。

ある町では、見つけた廃屋の前で
妄想するだけでは飽き足らず、
板きれに名前を書いて表札にし、
廃屋の玄関に付けて写真を撮ったこともある。
その写真を友人に見せ、
「これさぁ、俺の実家なんだよね」
などとウソを言って見せたりした。
友人はかなり動揺しつつ、
「そ、そうなんだぁ、へぇぇぇ」
その周章狼狽っぷりを見るのも好きだった。
つまりは、相当な悪趣味だったのだ。

今では、妄想だけに留めている。

都会にある大きな駅。
その駅を降りて前の通りを真っすぐに進む。
少し上り坂になっている道の突き当たりを、右に折れる。
すると、鉄柵に囲われた邸宅が見えてくる。
邸宅ではあるが、今や廃屋である。

その廃屋が、かつての我が師の邸宅に似ている。

玄関ドアの前は円形の車寄せになっていて、
来客の車が何台も並んでいる。
右手の応接室で、先生はなにやら打ち合わせ中である。
弟子たちは事務室の椅子に座ってぼんやりとしている。
まだ、仕事の打ち合わせにも参加させてもらえないのだ。
弟子は、ただ先生の指示に従うのみなのだ。

1階は応接室、リビング、書斎など。
2階には事務室、弟子たちの小部屋。
3階が先生の部屋、研究室、練習場。

打ち合わせには参加させてもらえないが、
先生の部屋以外はどこにでも自由に出入りできた。
弟子たちは自分たちで思考することを忘れ、
子供のように先生の指示を待っていた。

リビングでお茶を飲み、事務室で電話をし、
研究室を恐る恐る覗き、弟子同士で先生の悪口に興じた。
なぜか悪口は先生の知るところとなり、
「私の悪口を言うヒマがあるのなら、
 新しいアイデアを考えなさい」
先生は怒るでもなく、穏やかに笑うのだった。
反省しない弟子たちは再びぼやき合いながらも、
先生の言葉を反芻した。

私は薄給だった。
それでも、先生の家の冷蔵庫の中のものを食べ、
先生の電話で父母に電話したりしていた。
時間は無限に続くと思っていた。
私の未来はすべて先生の手の中にあり、
何の不安もなかった。

廃屋を眺めつつ、私は再び夢想する。
かつては美しい、白亜の邸宅だったのだろうか。
主がいて、従う人々がいたのだろう。
円形の車寄せには、高級外車が並んでいたのだろう。
誰かの栄華が、誰かの人生が息づいていたのだ。

また旅の仕事が入った。
私は新たな廃屋を探し、妄想を巡らすことだろう。
そう、私は廃屋マニアなのだから。

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2013-09-22-SUN
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