MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『ギャップ』


地下鉄を乗り継ぎ、都内の小さな駅に降り立った。
地上に出ると陽射しに焼かれるような暑さを感じたが、
すぐ先に指定されたスタジオが見えてきた。

スタジオの扉を開けると、強い冷気とともに妖しげな
セットが目に入ってきた。
「お疲れさまです。
 こちらです」
一瞬、古い洋館の応接間に案内されたような気分になる。

「じゃ、ちょっと打ち合わせをさせてください」
ディレクターさんに促されて控え室に向かう。
監獄のようなセットの部屋、
拷問部屋のようなセットも見える。
なんなんだろう、このスタジオは。

今日は、ある実験に立ち会わねばならない。
いつものお笑い番組とはまるで違う、
相当にシリアスな収録になりそうだ。

事前の打ち合わせの際、ディレクターさんに、
「衣装ですが、ステージ衣装みたいなのじゃなくて、
 ちょっと落ち着いたというか、シックというか、
 そんな衣装でお願いします」
と言われていた。
扉を開けた瞬間、確かに派手な衣装では
このスタジオの持つ独特な雰囲気に合わないと
納得できた。

私は地味なスーツに着替え、
クラッシックなネクタイを締め、マイクを付けてもらった。
収録が始まった。
特に台本もなく、ただ目の前の作業を追うのみだ。
出演者は私を含めてたったの3人で、それぞれが
専門の立場で意見を述べ、時に質問をする。

いつもの番組とまるで違う展開だ。
本当はギャグのひとつも発したいところだが、
スタジオの空気は真剣かつ神妙そのものなのだ。

数時間が過ぎ、収録は終わった。
だが、今日の収録は
番組の中のほんのさわりの部分に過ぎない。
また数日後に、あれこれの検証をしなければならない。
この番組では、あらゆるギャグやボケは許されないようだ。
いつもの私、キャラクターを封印して、
不思議現象のトリックを解明する専門家に
徹しなければならない。

収録は無事に終了した。
私はスーツを脱ぎ、Tシャツと短パン姿に戻った。

スタジオを後にして、
今度は横浜に向かわなければならない。
電車を乗り継いで横浜に着き、
タクシーで大桟橋に向かった。
夜に出航する大型客船に乗り、
夏休みクルーズを楽しむお客様のための
マジック・ショーに出演するのだ。

楽屋にも、はしゃぐ子供たちの声が聞こえてくる。
「お待たせをいたしました。
 大いに驚き、笑っていただきましょう〜!」
司会者に紹介されてステージに飛び出す。

「皆ちゃ〜ん、ビックリのマジックの連続ですよ〜、
 あれれ、誰も驚いてない、おじさん困っちゃったなぁ、
 だははは。
 こうなれば仕方ないです、頭をグルグル回しますよ。
 今まで、誰もタネが分からない
 不思議なマジックですよ〜!」
子供たちが一斉に反論する。
「分かるよ〜、そんなの、分かるよ〜」

40分ほどのマジック・ショーだ。
いつものショーなのだが、
どうにも昼間の収録のシリアスさが
頭のどこかに残っていて困惑する。

いつもと同じしゃべり、それもほぼ100%ギャグばかり。
なのに、時々昼間のディレクターさんの指示を
思い出してしまう。
「はい、あくまでもシリアスに、真面目に、慎重に」

つまり、昼間の収録と夜のお笑いマジック・ショーとの
ギャップが私には大き過ぎて
切り替えられないでいるのだ。
「この現象に関しましては、
 専門の立場ですべて検証はできております。
 その結果、何らかの事象が発生するならば‥‥」
などという昼間の語りと、
「は〜い、皆ちゃ〜ん、ネタがバレバレでちゅよ。
 もう、おじさん、降参しちゃいますよ〜」
みたいな夜のステージのしゃべりの狭間で、私の脳は、
「おいおい、どっちかにしてくれ〜!」
と悲鳴を上げているのだった。

役者さん、俳優さんたちは、
そんな経験はないのだろうか。
例えば、昼間は残酷無比、冷徹な殺人者の役をこなし、
夜の撮影では天真爛漫なカレー屋さんの役を演じるとか。
そんな大きなギャップがあっても、
役者さんは見事に演じ分けることができるのだろうか。

数日後、私はひとり長野に向かった。
1時間ほど、高齢者のための
『人はなぜダマされるのか』と題した講演をするのだ。

舞台袖で準備をしていると、
大勢の幼稚園児たちが神妙な面持ちでやってきた。
舞台でちょっとしたお芝居を披露し、
お決まりの、
「お爺ちゃんお婆ちゃん、いつまでも元気でいて
 ください」
という挨拶をするのだ。

また違う幼稚園児たちが袖に集合し、
今度は笛やドラムの演奏をするという。
彼らもまた、お決まりの挨拶をする。

幼稚園児たちは出番を終えると舞台前の階段を降り、
なぜか客席に向かった。
私は袖にいるスタッフに質問をした。
「子供たちは、まさか客席にいないですよね?
 客席は高齢者の方々だけ、ですよね?」
するとスタッフはニッコリと笑って、
「いいえ、子供たちもお年寄りと一緒に
 仲良く小石さんのショーを観るんですよ」

早くも司会者の声が聞こえる。
「それでは小石さん、どうぞ〜!」
私はオロオロと舞台中央に向かった。

「皆様、いや、あの皆ちゃん、元気でちゅか〜。
 どうかご健勝、ご長寿を心より祈念申し上げまちゅう」

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2013-09-01-SUN
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