MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『単品はいかが?』


六本木に出かけた。
今回はナポレオンズとしてではなく、私だけ、
パルト小石だけの出演であった。
つまりはバラ売り、ナポの単品売りというわけだ。

最近、ステージに登場すると必ず、
「えぇ〜っ、子供の時に見たのと同じだぁ。
 変わってない、なんで?」
という、観客の驚きの声が聞こえてくる。
本当は変わり果てているのかもしれないが、
観客が子供の時に見たイメージと、
それほど違わないらしい。

情けないことに、最初に観客に与えるインパクト、
驚きは、
「変わってない〜!」
で、その後のマジックは、
「同じだぁ、やっぱり今も頭回してるんだぁ、
 ははは」
見た目が変わってないことには驚いてくれながら、
マジックの不思議にはまるで驚いてくれない。

一度抱いてしまったイメージというのは、なかなか
消えないものらしい。
観客が記憶している私のイメージは、
「手品をしない方の人でしょ。
 しゃべり専門じゃないの。
 ひとりだけで、何するの?」

本当に困ったものだ。
そりゃぁ確かに、コンビで仕事をする際は完全分業制で、
私は頭を回す以外、一切マジックはしない。
ただひたすら、しゃべるのみである。
そのイメージは強固らしく、
私はマジックはできないと思われているのだ。

この場をお借りして弁明いたしますが、
私はマジックが若干、苦手ではあるものの、
できないわけではありません。
門前の小僧習わぬ経を読む、
マジシャンもマジックもごく身近で
たっぷりと見てきた私は、
マジックのノウハウをいつの間にか
身につけていたというわけだ。

36年間もマジシャン、マジックを見てきたお陰で、
およそ5個くらいのマジックはできるようになった。
そのうち、ひとつ、ふたつは
かなり上手いと自負している。
更に、頭を回すマジックは
私以外に誰もやってないはずだから、
この『あったま・ぐるぐる』というマジックに関する限り、
おそらく世界一と言っても過言ではないだろう。

「36年もやってて、マスターしたマジックは
 たったの5個ですか?」
と言う方もおられよう。
だが、私はことマジックに関しては
極端にデフレの方が良いと考えているのだ。
高いインフレ状態の、
例えばできるマジックは5万などというマジシャンは
ロクなものではないと思っているのだ。

だいたい、5万種類のマジックができたとしても、
観客の印象に残るマジックはほんの2、3種類だろう。
それもとても曖昧な記憶で、
「すごかったですね、あのマジックは。
 なんでしたっけ、あの、トランプが当たるやつ」
くらいのものである。

しかし、それだからこそ、マジシャンは
長々とやっていられるのかもしれない。
同じ、あるいは似たようなマジックを
繰り返し演じたとしても、
観客は時が経てば忘れてくれるのだ。

もし、観客が正確にマジックを覚えていたとしたら、
「あぁ、それは先日も見ました。
 ハートのAが出てくるやつでしょ。
 あぁ、次のは首に剣が刺さるやつですね。
 あれのタネは、良くできてますよね」
これでは、やりにくくてたまらない。

ところで、私は江戸家小猫さんと友達である。
また、江戸家小猫さんは私と同い年である。
いえ、正確に言うと彼の年齢と
私の芸年齢が同じなのだが。
私は小猫さんと会う度に、
「そうかぁ、私の芸年齢は36歳。
 人間ならば小猫さんくらいなんだなぁ」
と、勝手に想いを馳せる。
36歳は、現代ならばまだまだ若い世代に入るだろう。

私の芸年齢も36歳、伸び盛りかも。
そう勇気づけられつつ、
小猫さんのステージを袖から見てみる。
素晴らしいではないか。
確か、小猫さんの芸年齢はまだ3歳くらいのはず。
それなのに、観客がどよめくほどの動物モノマネ芸を
披露している。

不思議だ。
人間ならばまだヨチヨチ歩きくらいしかできない
芸年齢なのに、見事なモノマネ芸、爆笑も起きている。

私は小猫さんの謎を推理してみた。
江戸家小猫さんのモノマネ芸は、
曾祖父の代から続いている。
小猫さんの芸年齢は4代、
脈々と継がれているのではなかろうか。
となれば、小猫さんの芸年齢は4代を合計して
113歳なのかも。
彼の高座を眺めつつ、私はそう納得するのだった。

小猫さんがステージを下りてきた。
「小石さん、次は、もんじゃ、行きませんか」
無邪気な笑顔で話しかけてくれる。

「次、パルトさん、よろしくです」
私の出番がやってきた。
さぁ、とにかく、私の芸年齢36歳のマジックを
見てもらうしかない。
私はゴムでできたハトを手に隠して、
ステージに向かった。

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2013-07-28-SUN
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