MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『ヒマヒマ達人』


いやぁ、ありがたいことに今日はヒマだ。
さっきから、そんなはずはないと
スケジュール表を見てみたが、何も書いてない。
念のため携帯のスケジュールを見ても、何もない。

ふっふっふ、どうやら今日の私の予定は
ヒマだけらしい。
よしよし、どこかに出かけて遊んでみようと思えども、
悲しいかな何も思い浮かばない。
そうなのだ、私にはこれといった趣味もないし、
出かけて何をすればよいのか。

しょうがない、ゆっくりとした時の流れを実感する、
古新聞読みでもしてみるか。

いかんいかん、朝刊を読み終えないうちに
眠ってしまったようだ。
なんだか、今日は文字を目で追うと睡魔が襲ってくる。

やはり、出かけるとしようか。
しかし、外は雨。
梅雨の晴れ間が続いていると思っていたけれど、
季節はちゃんと巡り、シトシト雨が降り続いている。

こんな雨の日には、あの人を思い出すなぁ。
アメリカで出会った、生まれも育ちも
ロサンゼルスという女性だ。
彼女が日本にやってきたのは、ちょうど今時分。
日本は梅雨の真っ最中だった。

来日して数日後、彼女と会って食事をしていると、
「わたしね、メランコリーっていう言葉の意味を、
 初めて分かったような気がするの。
 すごく、実感として」
そう言いながら、
深いメランコリーなため息をつくのだった。

どうやら彼女は、日本の梅雨空を眺めるうちに
初めてメランコリーな気分になったらしい。
確かにねぇ、彼女が生まれ育ったロサンゼルスは
一年中爽やかに晴れていそうだもんね。
毎日カラリとスカイブルー、
陽気にハッピーハッピーみたいなイメージしか
ないもんなぁ。

それが、日本に来た途端に毎日シトシト。
梅雨空を眺めるうちにすっかり気が滅入り、
ついにはメランコリーという言葉の意味を
実感したのだろうか。

「次回、日本に来る時はさ、そうだなぁ、
 夏とか春とかがいいと思うよ」
私は、まるで慰めにもならないことを
小さな声で言うしかなかったのだが、
「ううん、いいの。
 ロスの友達にも、こんなメランコリーな感覚を
 味わってほしいくらいよ。
 なんだか哀しくて寂しい気分だけど、どこか、
 愛しい気分でもあるわ」
日本のシトシト梅雨空が、湿気などゼロの彼女の心を
少し潤したのだろうか。

メランコリーかぁ。
メランコリーという感覚ではないけれど、
このシトシトの空を眺めていると、
季節の移ろいをしみじみと感じたりはする。

相変わらず雨は降り続いて、
出かける意欲はソファーにぐぃと押し戻される。
やれやれ、思考まで停止してしまいそうだ。

だが、考えようによっては実に貴重かつ有意義なヒマ、
時間の過ごし方なのかもしれない。
何もせず、何も考えない時間。
無我の境地、意味もなく少しメランコリーな想い。

時に、妙な罪悪感とのせめぎ合いになる。
いいのか、こんな怠惰な時間をただ消費するだけなんて。
いいのだよ、私。
小人閑居して不善をなす、というではないか。
こんな時に、あれこれ無駄知恵を働かせても
ロクなことにはならないってもんだ。

マジックのネタを考えてみる?
いやいや、それこそ貧乏性というもの。
ヒマをヒマのままに過ごすことこそ、本日、
私に与えられたテーマというものかもしれない。
ジタバタしても始まらないのだ。
ここはひとつ、心ゆくまでヒマを極めるのだ。

遠い時代の貴族のように、
ゆるりと季節の移ろいだけを見つめて過ごす。
そうそう、日本には四季があるのだよ。

四季どころか、日本の季節は
細かく72に分けられるというではないか。
まずは季節を24に分け、更にそれぞれを3つに分けると
72の季節になるという。
立春、啓蟄、夏至などは見たり聞いたりで
知った気になっているものの、
清明、小満、処暑などは
あいにくの教養不足で知らなかったなぁ。

いにしえの貴族たちはきっとヒマを持て余し、
外の景色ばかりを眺めていたのだろう。
移りゆく季節を細かく分けて、
歌を詠んだりして時を埋めたのだ。

外国の貴族たちは、ヒマに飽かして
競馬などの遊びを考え出したというではないか。
そうなのだよ、ヒマこそが文化を創造するというもの。

私も今日一日はヒマな貴族の気持ちになって、
するともなく優雅な遊びを創造するべきなのだ。
長年の時間に対する貧乏性も捨てて、
私もロサンゼルスの彼女のようにメランコリーな気分を
味わうのもオツなものかもしれない。

私は職業柄、常にご陽気に過ごしてきた。
それはそれでハッピーではあったが、時にはウルウルと、
心をメランコリーさせるのもいいではないか。

あれこれ考えているうちに、私は眠ってしまったようだ。
眠りながら多くの夢を見ていた。
それも仕事の夢ばかりだ。
私は夢の中で、必死に働いていた。
何度も何度もステージに立ち、
マジックにしゃべりに奮闘しているのだった。
私のヒマヒマ達人への道は、まだまだ遠いようだ。

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2013-06-23-SUN
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