MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『子供の手紙』


父上さま 母上さま
お元気でしょうか。
僕は元気だけが取り柄とばかりに、
毎日あちこちに出歩いています。

世間はゴールデン・ウィークで、
連休を利用して故郷に帰る人も多いようです。
僕は例年のごとく、ゴールデン・ウィークも連休も
ご縁がなく、今年も故郷に帰れそうにありません。
ですが、連休明けにはなんとか帰郷したいと、
秘かに策を練っています。

先日、僕の知人の女医さんの誕生日を祝う食事会が
ありました。

「小石さん、マジックを出前してください。
 出演料は美味しいイタリアンを
 ご馳走しちゃうってことで、どうかしら」

食いしん坊の僕は、予約が取れないので有名な
あのイタリアンをいただけるならばと、
ふたつ返事でオッケーしてしまいました。

帰り際に、なんとキャビアをいただきました。
まさに、芸は身を助く、ですよね。

父上と母上にも、美味しいイタリアンやキャビアを
食べてもらいたいと、そういう時に思います。
でもすぐに、おふたりには故郷の美味しいものがあると
思い直します。
あのテーブルで食べる、いつものご飯。
「長寿の秘訣やでなぁ、このみそ汁は。
 みんなに評判になって、
 この間は作り方を教えることになってなぁ。
 料理教室の先生になってまったでなぁ」
という、父上特製のみそ汁がありますもんね。

群馬の農家の方から、
お米を15キロもいただいてしまいました。
野菜も段ボール箱にいっぱい。
毎日あれこれと作り、せっせとお米をいただいています。
今、僕の体は群馬のお米と野菜でできているようです。

お米と野菜を食べていると、
いつも故郷の田んぼや畑を思います。
もうすぐ収穫でしょうか、空豆やオクラが
頭の中に浮かんでくるのです。
空豆をもいで殻ごと焼き、熱くなった豆の皮を剥いて
塩をつけて食べますよね。
オクラは小さめのを、そのままマヨネーズにつけて
むしゃむしゃ。
想像するとヨダレさえ出てきそうです。

デパートで、ひとつ160円もする餃子を買いました。
さすがに美味しいです。
気をつけて、そぉっと端の方から小さく食べていきます。
大きくガブリとすると、
口の端から肉汁がほとばしってしまうのです。

普段は質素に暮らしているので、
ほんのたまのプチ贅沢というやつです。
あと、いつもの蕎麦屋さんで昼飲みをします。
これも月に一度くらい、ぬた和えとか山芋とか頼んで、
日本酒の冷やを2合くらい。
〆に、おろし蕎麦を食べます。

父上に似てきたなぁと思います。
ほんの数年前まで、日本酒を美味しいと思えませんでした。
ところが、最近になって突如の開眼。
ちょっと酔って外へ出て、歩きながら見る僕の影、
それが父上そのものなのです。
頭の影の、耳の形が父上と同じだと気付きました。

母上さま、ごめんなさい。
僕があくびをする時、母上にそっくりです。
変なところが似てて、それでも嬉しい気持ちになります。

友人に誘われて、本当に久しぶりに
動物園に行ってきました。
友人は動物のことをすごく研究していて、
ツキノワグマやニホンタヌキなど、
これまであまりじっくりと見なかった動物について、
とても面白く解説をしてくれました。

教わってばかりでは口惜しいと、
僕も遠くを指差して友人に言いました。

「ねぇ、あそこにさぁ、君の知らない動物がいるよ。
 ほら、あそこに2、3匹、ウマシカが歩いてるよ」

友人はかなり動揺して、

「はぁ? ウマシカ、ウマシカっていうのがいる?
 ど、どこ?」

僕は得意になって、

「君の目の前にも1匹、いるよ。
 ほら、僕だよ。
 僕は動物園でも珍種のウマシカ、馬、鹿、バカで〜す」

象を眺めていると、小さな男の子が
僕の左足にしがみついてきました。
始めは、僕の体を押しのけて
前に出て象を見たいのかなと思い、
左足をよけたりしました。
それでも、よりしっかりと左足にしがみついてくるのです。

変だなぁと下を向いて男の子を見ました。
すると、男の子はキツネにつままれたような顔になって
僕を見上げているのです。
男の子は、僕の足を父親の足だと思って
しがみついていたのでした。

その瞬間、僕が子供だった頃、連れていってもらった
動物園のことを鮮明に思い出しました。
そうそう、僕もこの男の子と同じように、
知らないおじさんの足にしがみついていたりしたのでした。

あれから僕は年齢だけは大人になりましたが、
心は未だに父上母上にしがみついているのかもなぁと
思いました。
不肖の息子、ダメな子供のままですが、
連休明けに里帰りします。
どうかお元気で。

               あなたの子供より

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2013-05-05-SUN
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