MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『続・芝山』
   ※前回はこちらからご覧ください。

誠二郎は箱に入れていたハトを山に放ちました。
ハトたちは喜び勇んで
木々の向こうへ飛んで行きました。
空になった箱に紅い木の実を詰めますと、
誠二郎は長衛門さんの待つ芝山村へと向かいます。

村の神社の境内に小さな高座が設えてありまして、
誠二郎はいつもの手妻を披露するのでありました。

誠二郎さん、今日は遠くまで足を運んでくれて
ありがとうよ。
どうだい、一杯、やっていかねぇか。

へぇ、ありがとうございます。
ですが、ちょいと急な用事がありますんで、
すぐに失礼させていただきます。

長衛門さんとの話もそこそこに、
誠二郎は急いで帰り道を駆け下りて行きます。

一刻も早く家に帰って、お勝をびっくりさせるんだい。
そうして、寄席の席亭にも見てもらって、
また寄席で手妻をするんだい。
いや、ただ高座どころじゃねぇかもしれねぇ。
あっちこっちの寄席から引く手あまたで、
ウチならトリでぜひってぇことになるかも。
そうなりゃぁこれまでの借金も返して、
そうだよ、長屋住まいもおさらば、家が建つってもんだよ。
うへへへ、うはははは、うはははは。

行きはぼやきつつ、帰りは大笑いしつつの
誠二郎でございます。

やがて、長屋が見えてきます。
はぁはぁ、やれやれ、やっと帰ってきたぜ。
うん、あの修験者も追っかけてきてねぇしな。
もう安心だぁ。

お勝、帰ったぞ。
誠二郎は珍しく戸にしんばり棒をかけます。

お帰んなさい。
早かったじゃないか。
はい、ご苦労様でした。

お勝、いいか、よく聞いてくれよ。
おらぁ、とうとう本物の術を見つけたんだぜ。
いいか、芸とかじゃなくて、もう、術なんだぜ。
おらぁ、まずはお前に見せたくって、
走って帰ってきたんだ。

なんだって、本当かい?
長衛門さんのところで、なにか教わってきたのかい?

馬鹿いっちゃぁ、いけないよ。
長衛門さんのところは、
ただ仕事してきただけじゃねぇか。

違うんだよ。
話せば長くなっちまうから、いいか、
まずその術をお前に見せてやるよ。
驚くなよ、あまりのことに、目ぇ回すんじゃねぇぞ。

誠二郎は箱から木の実をひとつ、取り出します。
そいつを口に入れて、ガリッ、ガリッと噛みしめます。
うぅ〜ん、やっぱり苦ぇや。

さぁ、お勝、おれの頭をよぉく見てろよ。
誠二郎は頭をくるり、くるりと回し始めました。

お勝の驚くこと驚くこと、
今にも気を失わんばかりでございます。
当たり前ですよね、目の前で亭主の頭が
回っているんですから。

お勝、大丈夫か。
おらぁ、別にどうかなっちまったわけじゃぁない。
こいつだよ、この紅い木の実を食べると、
なぜだか頭が回っちまうんだよ。

誠二郎は、紅い木の実と修験者の話を
お勝に聞かせます。

だからよう、この術さえできれば、
また寄席に出られるってもんだよ。
いや、それどころか、トリも取れるようになって、
そうなりゃぁ、お前、ワリ(出演料)も
たんまりいただけて。
これまでの借金なんて、
すぐにも返せちまうってもんだよ。
お前にも散々、苦労かけちまったし、
これからはせいぜい、楽してもらうぜ。

そうだぁ、今日は前祝いってことで、
近所の熊やら八を呼んでたんまり呑んじまおう。
な、お勝、酒とちょいとご馳走を頼んできておくれ。

おいおい誠二郎さん、どういう風の吹き回しだい?
珍しいねぇ、なんかいい仕事でも入ったのかい?

熊さん、八っつぁん、いいってことよ。
とにかく今日は前祝いってやつだ。
どんどん、さぁ、じゃんじゃん、呑んどくれ。

その夜は呑めや唄えの大宴会でございます。

散々呑んで、誠二郎は酔って寝てしまいます。

その寝顔を見ながら、お勝は悩みます。

本当に、心底びっくりしたもんだよ。
まさか、亭主の頭が回るなんて。
でもねぇ、あんな恐ろしい術じゃ、
寄席には出られないと思うよ。
お席亭もいってたじゃぁないかねぇ。

誠二郎さんの手妻は、
そりゃぁ技術は上手いんだと思うよ。
でもねぇ、もう少し、愛嬌っていうか、
面白いのをやってくれないとねぇ。
お客はね、やっぱりね、手妻でも笑いたいんだよ。

頭が本当にぐるぐる回るなんて、
笑うより恐ろしさが先にたっちまうよ。
寄席に出るどころか、どっかの見世物小屋にでも
追われちまうかもしれないよ。
いやいや、怪しい化け物ってんで、
みんなになぶり殺しにされちまうかもしれない。

はぁ〜、本当に困ったよ。
こうなりゃ、長屋の大家さんに相談するしかないよ。

お勝は急いで大家さんのところへ向かいます。

ふむふむ、お勝さん、そりゃぁ、あんたのいう通りだ。
お上だって、世間を惑わす妖術使いってんで、
打ち首獄門にするかもしれない。
だから、お勝さん、その紅い実を
どこかに隠してしまいなさい。
そうして、朝になって誠二郎さんが起きたら、
全部、夢っていうことにしなさい。
修験者も、頭が回る術も、紅い木の実も、
全部、夢ってことにするんだよ。


ねぇ、あんた、起きておくれよ。
起きて、仕事に行っておくれよ。

うぅん? なんだぁ?
仕事だって?
冗談じゃねぇ、もう金輪際、遠くまで仕事になんか
行かなくたっていいんだよ。
それより寄席に行って、お席亭に
あの術を見てもらうんだよ。
ひょっとすると、今日からさっそく
高座に上がれるかもしれねぇ。

うん? あの術って、なんだい?

なにいってんだい、昨日、お前に見せたあの術、
頭をぐるぐる回す術じゃねぇか。

頭を回す?
お前さん、頭回すってなんだい?
お酒の呑み過ぎで、どうかなっちまったんじゃないかい?
なんだよ、その頭を回す術って。

お勝、とぼけるんじゃぁないよ。
よし、もういっぺん見せてやるから、
あの紅い実を出してくれ。

紅い実、なんだよ、それ。
紅い実なんて、どこにあるのさ。

お勝、お前、許さねぇぞ。
オレがあの箱に、いっぱい詰めてきた、
あの紅い実だよ。

箱? 箱ならあるけど、ハトも入ってなくて空っぽさ。

なんだと、見せてみろ。
あれぇ? 本当だ、入ってねぇ。

お前さん、夢でも見たんじゃぁないかい?
なんだか、うなされてたよ。

夢? あの頭を回す術が、夢だっていうのか?
紅い実を食べた、あの苦い味が
まだ舌に残ってるような気がするのに。

紅い実だか頭回すだか知らないけれど、
とにかく働いてもらわないと
昨日の呑み食い代も払えないからね。

昨日の呑み食い?
え? あれは本当だったってぇのかい?
呑み食いは本当で、術は夢だっていうのかい。

そう。
また借金こさえて呑み食いしたのは本当。
お前さんの頭が回る術っていうのは、夢。

なんてこったい。
あぁ、お勝、どうか許してくれ。
おらぁ、なんとしても寄席に出たくって、
良いネタはねぇかって考えてばかりいたから、
そんな夢を見ちまったのかもしれねぇ。
よし、おらぁ、もう酒は呑まねぇ。
おらぁ、心入れ替えて、どんな仕事だってやるよ。
そうして、まずは借金を返さねぇとな。

              (つづく)

このページへの感想などは、メールの表題に
「マジックを読んで」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2013-03-03-SUN
BACK
戻る