MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『 Radio 』

「今年の冬は故郷に帰らない。
 年明けをこの部屋でひとり、迎えよう」

アパートの部屋で、僕は自分に言い聞かせていた。
帰らない理由なんて、特にない。
ただ、帰るのをよそう、帰らない、
そう決めてしまった。

誰もが年の瀬を迎えると故郷に帰る時代だった。
故郷で正月を迎えるのが普通だった。

東京へ出てきた僕らは、年末には故郷へ帰る。
故郷の家で、炬燵に入ってテレビを見る。
大晦日には、紅白歌合戦を家族全員で見る。
それが普通とか平凡とかの意識すらない、ただ当たり前、
当然の決まり事だった。

誰もが同じように故郷へ帰った。
北と南では年末年始の過ごし方が多少違うとはいえ、
毎年毎年、当たり前の過ごし方があったと思う。

みんな、東京からいなくなった。
いつもはいる人たちが、一斉にいなくなった。
僕は、アパートの部屋でひとりだった。
否、いつもだってほとんどひとりなのだが、
すぐに会いに行ける仲間が近くにいなくなった。

いきなり、夜が長くなった。
もう夜は明けないと思えるくらい、長くなった。

長いこと欲しくて、やっと買えたRadioから
Elton JohnのYour Songが聞こえてきた。

It's a little bit funny

で始まる歌が、聞こえてきた。
歌詞の意味など分からないのに、
なぜか僕の寂しい気持ちを歌っているように思えた。
人を恋しく想う歌。
想いを伝えたい、そう切なく願う歌。

どうやって連絡を取ったのか、まるで覚えていない。
結局、僕は寂しさに堪えかねて
あちこちに電話をかけたらしい。
すると、僕と同じように故郷に帰らない友達がいた。
小田急線沿線のある駅から歩いて数分のアパートに、
友人と一緒に暮らしている同級生がいたのだった。

恥ずかしいような気がして、
「寂しくて・・・」
などとは言わないで、彼女のアパートを訪ねた。

「実はね、ごはん、食べたいなぁと思って。
 なんせね、ひとりで納豆ばっかり食べてたもんで」

彼女と、同居している女性はあははと笑って、

「なぁんだぁ、でも、
 わたしたちも似たようなもんよねぇ」

そう言って部屋に迎え入れてくれた。

野菜炒めとか卵焼きとかだったと思う。
たった3人なのだけれど、
久しぶりにみんなで食べるのがおいしく、楽しかった。
嬉しい夜は急に短くなり、僕は泊めてもらうことになった。
炬燵に入ったまま、いつまでも話した。

彼女たちの、故郷に帰らない理由も聞いたと思うのだが、
今はもう思い出せない。
たぶん、僕と同じように大きな理由などなかったのだろう。
なんとなく、3人で、

「だって、いつかは家を出なくちゃいけないしね。
 卒業したら、たぶん、ひとりで暮らして。
 仕事してね‥‥」

そんなことを話し合ったと思う。

僕は、4年生になっても卒業後のことを考えずにいた。
かといって留年することも考えていなかった。
彼女たちは、ちゃんと就職活動に励んでいるという。
将来のことも考えていた。

「本当をいうとね、アメリカとか行ってみたいのよね。
 向こうで働いてみたい、なんてね」

「わたしは、日本にいて、
 まぁ普通に結婚するんだろうなぁ」

彼女たちには夢があり、将来の人生設計もちゃんとあった。
僕よりも、はるかに大人だった。

いよいよ卒業の日がせまっていた。
ごはんを食べさせてくれたお礼にと、
彼女を僕のアパートに招待をした。
Radioだけがやたら目立つ、
狭いのに広く思える不思議な部屋。
そして偶然、Elton Johnのあの歌が再び聞こえてきた。

How wonderful life is while you're in the world

彼女はアメリカへ行くことになった。
知人のつてがあって、
思い切ってニューヨークで働いてみるのだという。
僕は、さほど驚かなかった。
彼女なら、どこだってうまくやっていける。
僕はただ、まだ何も見えない
自身の将来との落差を思っていた。

「あの、よかったらこのRadio、持って行ってくれない?
 餞別とかじゃなくて、
 なんだか僕より君に似合いそうな気がして」

My gift is my radio

彼女は喜んでRadioを受け取ってくれた。

時は過ぎて、僕はなぜかマジシャンとなって暮らしている。
住んでいる街も環境も違い、
聴こえてくる音楽も違ってしまっただろう。
僕の今を知ったら、彼女はたしてどう思うのだろう。

彼女はニューヨークで長く働き、
イタリア人と結婚したと聞いた。
今はイタリアのどこかの街で暮らしているという。
あの日と同じように、優しい笑みをたたえて
暮らしているのだろうか。

あのRadioはどうなったのだろう。
本当はニューヨークにも持って行かなかったかもしれない。
それとも、ニューヨークのアパートで
聴いていてくれたのだろうか。
ひょっとして、今もイタリアの家で
聴いていてくれているのだろうか。
だが、そんなことはどうだっていい。

ほんの小さな出来事だった。
僕は、泣きたいくらいに寂しい夜に、
あのRadioから聴こえてきたSongに魅入られてしまった。
そしてそのRadioを、
どうしても彼女に持って行ってほしかった。
ただ、それだけだった。
彼女は僕の気持ちを察してくれたように、
Radioを大事そうに持って行ってくれた。

It's a little bit funny my life

今年も年の暮れが迫ってきた。
僕は、どこか遠くの街で暮らしている
彼女の小さな幸せの日々を願う。
年が暮れても、どうか寂しくありませんように。

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2012-12-09-SUN
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