MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『名人への道』

ある落語家さんの近況を聞いた。
高座には上がっている。
もちろん、噺もしている。
だが、なかなかオチに辿り着けないらしい。
マクラや噺の途中で、
同じことを繰り返ししゃべってしまう。
噺が途中まで行って、
また始めに戻ったりするらしい。

師匠も気付いているようで、一計を案じた。
弟子を袖に待機させて、噺が戻ったり忘れたりしたら
袖から注意してもらうのだ。
「師匠、噺が戻ってます」
「師匠、途中で別の噺になってきました」
「師匠、その噺の続きは、
 熊さんが出てきてお酒を呑みます」
というような具合だろうか。

弟子も大変だと思う。
高座の師匠の噺を必死になって聴き、
途中の小さな間違いさえも逃さず
師匠に注意しなければならない。
当然ながら、噺を正確に覚えて、
的確にオチまで誘導しなければならないのだから。

なんだか形勢逆転のような気もする。

師匠のところに弟子入りして稽古をつけてもらう。
師匠は聴きながら所々で止めて修正を促す。

「師匠、すいません。
 この後の展開をど忘れしました」

「しょうがねぇなぁ、上手い下手はともかく、
 噺を途中で忘れちゃぁいけねぇやな。
 ホレ、次は熊さんが出てきて
 酒を呑むんじゃぁねぇか」

弟子はきっと袖でぼやいていることだろう。
「あ〜ぁ、昔は師匠に教わってたんだよ。
 それが今じゃ師匠に教えてんだから」

実にうるわしい師弟愛ではないか。

寄席のお客さんも、それはそれで面白いと思うに違いない。
噺の面白さというより、落語家さん自身の人生の面白さを
楽しんでもらえると思うのだ。
まさに、生きている噺、人間ドキュメント。

落語家さんなればこその面白さでもある。
これが、飛行機のパイロットだったら大変だ。

「機長、なんだかさっきから同じところを回ってます」

「あれれ、そうだっけ?
 ところで、私たちはどこに向かって飛んでるの?」

「機長、当機は札幌へ向かっていますよ」

「そうだったかぁ、私はてっきり沖縄かと・・・」

やはり、飛行機の操縦にサゲとかオチは必要ない。

タクシーの運転手さんだったら、

「あれ? 運転手さん、
 新宿に行くのにこの道でいいの?」

「あれ? お客さん、
 渋谷に行くんじゃぁなかったですか?」

「いやいや、新宿だよ。
 あれ? さっきもここを通ったよ。
 なんだか同じところを回ってない?」

「で、お客さん、どちらまで?」

「だから渋谷、いやいや新宿だよ。
 あたしまで分からなくなってきちゃったじゃないか。
 もういいよ、ここで降ろしてくれ」

「ありがとうございます! 2960円です」

料金だけは間違いなかったりして。

人気者だった落語家さんは晩年、
噺に出てくる人物の名前を忘れて、

「えぇ、お侍様、ちょいとお尋ねしますが」

「おぉ、大工さん、どうしたのかね」

などと職業で呼んで噺をしていたらしい。
それでも噺には何の支障もなく、大変に面白かったと聞く。

極めた芸、枯れた味わいの芸とかも良いと思うが、
噺が戻ったり先が分からなくなったり、
あるいは名前が一切出てこなくて、
それでも面白いというのも、立派な芸だと思う。

テレビの番組で、マジシャンの大先輩のアシスタントを
務めたことがある。
大先輩はかなりの高齢になられて、
手先がおぼつかなくなった。
それで、マジックの大部分は私が進行するのだ。
大先輩は、私の前フリを受けて、

「ワン、ツー、スリー、はいっ!」

とだけ言えば良いように段取りをつけた。

本番になり、大先輩はなぜか、

「ワン」

のひと言しか言わない。

「ワン、ツー、スリー、はいっ!」

を聴いて、箱の中から美女が登場するというマジックで、
箱の中の美女は、

「ワンだけだから、
出て良いのかいけないのか分からなくて。
 もう、どうしていいのかパニックになって」

仕方なく、私は大先輩の、

「ワン」

だけで箱のフタを開けた。
箱の中から、泣きそうな顔の美女がよろよろと出てきた。

それでも、大先輩は満面の笑みで、
「はいっ、奇跡の大マジック〜! 」
最後はしっかりとポーズを決め、大拍手を受けるのであった。

私は、将来の目指すところが見えたような気がした。

私も、いつかは師匠たちや大先輩のような芸を
目標にすればいいのだ。

私はステージに登場する。
鮮やかな色のハンカチを振る。
だが、ハンカチを振って何をするのかが分からない。
すると、袖にいる弟子が、

「ハンカチを振って、
 その間にジャケットの右のボールを
 秘かに持ってくるんですよ」

私はやっと続きを思い出し、

「そうです、皆さん、何の仕掛けもないハンカチから、
 右のポケットに入っていたボールが出てまいります」

弟子は慌てて、

「右のポケットからって、言ってはいけません」

もう、全面的にタネ明かしのステージとなる。

あれれ、それじゃぁ今と大して変わらないような・・・。

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2012-11-18-SUN
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