MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『このマジックの世界がすご過ぎる』


終わらないとさえ思われた長く暑い夏が、
シッポを噛まれた犬のようにキャンと泣いて走り去り、
大きな秋がノッシノッシとやってきたようだ。

そんな季節の移ろいを感じられるある日、
私は経堂に出かけた。
銭湯のような屋台のような寄席のようなイベント飲み屋、
さばの湯で開催されたトーク・ショーに招かれたのだ。

トークのテーマは、
『このマジックの世界がすご過ぎる』

聞き手は、様々な分野で活躍中の前田一知氏。
私は、前田氏の軽やかなフリに促されて語り始めた。

「もう亡くなってしまいましたが、
 ステージ上で前転をして、
 その直後に大きな洗面器のような
 金魚鉢を出すマジシャン、Rさんがいましたよ。
 
 何度か仕事を一緒にしましてね、
 楽屋も一緒だったりしたんですが、
 絶対にタネの仕込みを見せない人でしたね。
 まぁ、普通はマジシャン同士なので、
 タネの仕込みも別に隠さないんですよ。

 ところが、Rさんだけは
 楽屋の奥でカーテン閉めちゃう。
 で、その中でゴソゴソ仕込むんですよ。
 
 今では珍しい、というか、ないでしょうね。
 いわゆる親から子への、
 一子相伝のマジックなんでしょうね。
 詳しくは言えないんですが、身体の、
 下半身にタネの金魚鉢を仕込むらしいのですよ。
 
 そうなると、やっぱりね、大きなタネだから
 歩き方が不自然になる。
 そこで、Rさんは考えたんでしょうね。
 Rさんは、普段から不自然な歩き方をしたんですよ。

 いつもいつも、普段から、
 Rさんは独特な歩き方でやってくる。
 そうすると、それがだんだんと
 不自然じゃなくなってくるのですよ。
 もうね、ごく普通に見えてくる。
 不自然を、長い月日を費やして自然に見せる、
 それこそが、
 Rさんのすごいマジックだったんだよね。

 普段からマジックのタネを仕込んでいるような、
 日常がマジックなんですよ。
 きっと、亡くなるその日まで、
 Rさんはマジシャンだったんでしょうね。
 今じゃ絶対に見ることができない、
 懐かしいマジシャンですねぇ」

「忘れられないマジシャンといえば、Jさんでしょうね。
 もうね、動物を次々と出すマジシャンでね。
 ハトはもちろん、犬や猫、猿やカメレオンまで出てくる。
 そりゃぁ、ウケましたよ。

 ところが、時代の流れでね、
 動物が可哀想だというクレームが大きくなってきた。
 動物の扱いがよろしくない、
 丁寧じゃないということでしょうか。
 確かに、狭いところに仕込んだりするでしょうしね。

 今はね、あのマジックの代表作というか
 マジシャンのイメージというか、
 ハンカチからハトを出すマジックも
 問題視されているらしいですよ。
 マジシャンはね、本当に愛情を持って
 ハトを育てていると思いますよ。
 だってね、大切なパートナーだからね。

 それでも、ハトの正しい飼育方法では
 ないということなのかなぁ。
 マジシャンにとっては、難しい時代になってますよねぇ。

 だから、というわけではないんですが、
 僕はゴムのハトを使ってますからね。
 ゴムのハトだと、小さく畳んでも文句言わないし、
 エサもいらないしね」

「Bというマジシャンも忘れ難いですね。
 なんせ、上半身は裸、下は長い布を
 スカートのように巻いているだけ。
 とにかく、見た目が怪しいのなんの。

 その上、
 『インドの魔法であります、
  一瞬で痩せる秘術であります』
 なんてね、口上が相当にうさんくさい。
 それでいて、マジックは
 デパートで買ってきたようなネタなんですよ。
 もうね、見せ物というか禁断の芸というか。
 そういう呪術師のようなマジシャンも、
 今じゃ絶対に見られないだろうなぁ。

 以前はね、マジック以外でも
 一輪車乗りのおじさんとか、
 椅子を何脚も不安定に立てて
 その上で逆立ちするとかの
 サーカス芸のような芸人さんとも、
 仕事で一緒になったよね。
 それが、どんどん消えて行ったような気がするね。

 だからね、そのうち動物を使ったマジックや
 剣を飲みこんだりの危なそうなマジック、マジシャンも
 見られなくなるかもね。
 世の中が、良く言えば洗練されてきて、
 うさんくさいマジックも
 爽やかなエンターテインメントにという
 傾向なんだろうねぇ」

「自分の話もしていいかなぁ。
 この間ね、銀座の劇場に出演したんですよ。
 マジックやりますよ、なんて言いながら、
 実は長いトークばかりだったりして。
 それがいつも以上にウケるんだよね。

 トランプを見せて、
 『好きな時にストップと言ってください』
 と、観客にお願いをする。
 トランプをパラパラと繰っていって、観客が、
 『ストップ!』
 それを聞いた瞬間、トランプじゃなくて僕、
 マジシャンの動きが止まっちゃう。
 ただ、それだけのギャグなんだけど、ウケたんだよ。

 でもね、やっぱり、ギャグだけでは申し訳ないと、
 不思議なマジックもしたんだよね。
 すると、観客は急にシ〜ンとなるんだよ。
 『あれ、これは不思議なんだけど、オチはないの?』
 みたいな、微妙な反応なんだよ。

 それで、僕は焦ってね。
 トークやギャグはすごくウケるのに、
 肝心のマジックは不思議なのにシ〜ンとなる。
 僕は、面白いギャグで笑わせながら、
 やる時はやるよ、みたいに
 不思議なマジックで締めるマジシャンを
 目指していたわけだよ。
 それが、まるで外れっぱなしでね。

 もうね、ジャケットが汗で濡れて重くなりそうなくらい、
 激しく動揺したんだよ。
 もう何分やってるのかも分からない。
 持ち時間に足りないのか過ぎてるのか、
 それも分からない。
 とりあえず、最後はいつもの
 『あったま・ぐるぐる』をやって
 高座を降りたんだよ。

 観客は大いに笑ってくれて、
 ギャグにも敏感に反応してくれても、
 不思議なマジックにはすごく違和感を
 覚えているみたいなんよね。
 どうやらねぇ、僕は『ひとり・ぐるぐる』ステージ構想を
 ゼロから練り直さなきゃいけないみたい」

客席の誰かが、独り言のようにつぶやいた。

「小石さんの芸はね、
 不思議じゃなくてもガッカリしないけど、
 面白くないとガッカリするだろうなぁ」

その意見に深く合点した私は、

「ガッカリだけは、避けるべし」

これからのマジシャン活動に、新たな目標を見出していた。

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2012-09-30-SUN
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