MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『ナツタビ』


夏の旅は福井市から始まった。

福井市は日本のマジックの開祖とも称されている
松旭斉天一(1853〜1912)の故郷で、
師の没後100年を記念した
マジック・フェスティバルを開催、
僕がフェスティバルのゲストとして
招かれることになったのだ。

北陸、福井へは、
羽田から飛行機で行くものと思い込んでいた。
ところが、
「空港からやや遠いので、陸路でお越し下さい」
とのこと。
東海道新幹線で米原まで、
そこで在来線に乗り換えて福井駅までという行程だ。

午前9時33分、東京駅からひかり号に乗った。
席についてやれやれと、
エキナカで買った鮪カツサンドを食べた。
お昼近い11時48分に米原に着き、
在来線のしらさぎ53号に乗り換えた。

車内誌をパラパラとめくっていると
『レディガガ』の文字が目に飛び込んできた。

北陸の観光をPRするための車内誌なのに、
なぜ『レディガガ』なのかと読み進んでみると、

「北陸の名旅館の女将さんたち、
 レディカガ(加賀)がお待ちしております」

とのことで、思わず脱力。

福井駅に着いてタクシー乗り場に向かうと、
駅前広場の特設ステージで
若者たちのダンスショーが行われていた。

「ただでさえ暑いのに、
 炎天下で踊ってるんだからねぇ。
 熱中症は大丈夫なのかねぇ」
タクシーの運転手さんの心配ももっともだ。
なんとなく、北陸は関東より涼しいと思っていたが、
強烈な陽射しに熱せられた街は
35度を超えているだろう。

タクシーが福井市民会館に着いた。
楽屋口から会館に入ると、
ステージで流されている音楽が聞こえてきた。
すでにショーが行われているらしい。

スタッフと打ち合わせをし、いったんホテルに行って
チェックインを済ますことになった。
フロントでカードキーを受け取り、
エレベーターに向かうと、
なんとも懐かしいマジシャンがエレベーターを待っていた。

「ヘイ、クリストファー・ハート!」

1984年、ラスベガスで同じショーに出演したマジシャンだ。
その後あちこちで会っていたが、
次第に会わなくなってもう20年は過ぎてしまっただろうか。

クリストファー・ハートは、以前の面影のままだった。
不思議なもので、20年ぶりに会ったとは思えないまま、
ラスベガスの楽屋で話し合った話の続きをしているように
互いに語り合った。

彼は当然ながら英語で、
それもスピードを緩めることなく話し続ける。
その英語が、なぜか完全に理解できるのだ。
気持ちさえ通じていれば、言語の違いなど
大した障壁にはならないのかもしれない。

ショーは順調に推移して、僕の出番がやってきた。
4時間ほどかけて福井にやってきて、
持ち時間はたったの10分。
僕の最初のナツタビは短く終わってしまった。

東京に戻り、鞄の中身を入れ替えた。
今度は北海道に飛ばなければならない。

夏休み期間中の羽田は、早朝にもかかわらず混んでいた。
千歳空港へと向かう飛行機も満席だった。
ゲート前で待っていると、

「当機は満席のため、席を1時間後、
 午前8時の便に変更していただくお客様には
 1万円を差し上げます。
 ご協力いただけますお客様は
 ゲート前にお越し下さいますよう、お願い申し上げます」

というアナウンス。

僕も1時間遅らせて1万円をいただきたいところだが、
あいにく千歳からの移動、乗り継ぎの時間に余裕がない。
しばらくすると、

「皆様ご協力いただき、
 当機は予定通りの時刻に出発いたします」

というアナウンスがあり、ホッとする。

「小石さん、今回は千歳に着いてから
 なるべく急いで札幌駅に移動してください。
 できれば、荷物は機内に持ち込めるようにしてください。
 預けた荷物を待ったりしていると、
 札幌駅から出るバスに乗り遅れるかもしれません。
 そうなると、島へ向かうフェリーにも
 乗れなくなっちゃいますから」

飛行機は千歳空港に定刻に着いた。
教えられた通り、急いでJRのホームに移動する。
指示されていた電車よりも1本早いのに乗れた。

30分ほどで札幌駅に到着、
メールで届いた次の指示を確認する。

「札幌駅前ターミナル12番乗り場の
 チケット売り場の窓口で『7のA』と言ってください」

なんだか秘密の作戦旅行で、暗号を告げながら移動する
スパイのような気分になる。

窓口の小さな丸い穴に向かって指示通り、
「7のA」
と告げてみる。
奥に座っているおじさんがニヤリと笑って、
「7のA、おっ、マジシャンだね」
と、そっとチケットを渡してくれた。
7のAとは、僕のバスの席番号だったのだ。

バスは北海道の沿岸を走り続けた。
1時間、2時間と過ぎても、まだ走り続けている。
札幌駅を出発して3時間が過ぎた頃、
バスはついに羽幌バス・ターミナルに到着した。

更に車に乗り換えて10分ほど、
やっと羽幌沿岸フェリー乗り場に辿り着いた。
フェリーで1時間35分、
焼尻島を経て今回の旅の目的地、天売島に初上陸するのだ。

フェリー乗り場の待合室に、
ミジンコの研究でも名高いジャズ奏者のSさん、
女流落語家のK師匠がいた。
お2人とも、今回の天売島ツアーの仲間であった。
Sさんが、

「今日の海は波高し、だな。
 横になって寝ちまわないと、酔うぞぉ」

海を見ると、白波がザァザァと立っていた。
僕たちの目的地、天売島はまだ影も形も見えなかった。

                 (つづく)

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2012-08-26-SUN
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