MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『あの番組』


番組プロデューサーから電話があった。

「近々、またよろしく。
 できれば、オール新ネタだと嬉しいねぇ」

オール新ネタかぁ。
残念ながら今の私には新ネタのアイデアが皆無だ。
従って相方に丸投げするしかないだろう。
「あるよ、2、3、あるよ」
さっそく、今日の営業先に持ってきてもらって
練習することにした。

仕事先のホテルの控え室で、ふたり淡々と練習する。

「なになに、ワインか折りたたみ傘か、どちらか
 選んでもらって、それが予言されてるって?」

「トランプを3枚選んでもらって、
 それを一気に当てる?」

相方の見せるマジックは面白く、傑作揃いだ。

「腕が回るのも、あるよ。
 箱に腕入れて、ほら、回ってるだろ」

このネタはイマイチだ。
だが、

「やっぱりさ、回すんだったら、頭の方が面白いよ」

と、ツッコミを入れられる要素がありそうだ。

「いいなぁ、今回のは全部面白いよ。
 よっしゃぁ、これで行こうぜ」

仕事先からの帰り道でも、ひとりであれこれネタを繰った。


まだまだ先と思っていたのに、
収録の日はアッという間にやってきた。
朝5時に目が覚めた。
カメラ・リハーサルは午前11時半からだ。
従って、収録会場の後楽園ホールには
10時半に入ればOKだ。
だが、収録の日は妙な緊張からか早くに目が覚めてしまう。
もう、何度も出演させてもらっている番組だ。
それなのに、いつまで経っても慣れるということがない。

ベッドであれこれ、ネタの進行を考えたりする。
7時くらいになって、諦めて起きる。
歯を磨き、顔を洗い、今日の衣装を選ぶ。
昨夜のうちに用意しておいた衣装を取り替えた。
「やはり、いつものにするかぁ」
準備も終わってしまって、
すぐにも出かけられる態勢になった。
でも、予定の入り時間より相当に早く着いてしまいそうだ。
「早過ぎるよ」
頭の中で思いつつも、私は鞄を背負って家を出た。

電車は水道橋駅に着いた。
いつもの反対側の改札を出た。
早く着いてしまったので、後楽園近くのカフェで
コーヒーを飲むことにしたのだ。
コーヒーを飲みながらも、どうにも気分は落ち着かない。
早めながら、控え室に入ることにした。

後楽園ホールのエレベーター前には、
いつもの人たちがいる。
皆さん、番組の熱烈なファンなのだ。

「お疲れさまです」

まるで番組のスタッフのように、
エレベーターのドアを開けていてくれる。

「おはようございま〜す」

いつものように、ホール入り口のスタッフに声をかけつつ
奥へと向かう。
すでに高座は設営されている。
高座の横にある机に台本があり、
1冊いただいて地下の控え室に行く。

階段を下りると、すでに出演者のマネージャーさんたちが
廊下を埋めている。
横の控え室からは、馴染みの師匠たちの声が聞こえてくる。

廊下を過ぎて左側に、いつもの控え室がある。
入り口のすぐに2畳ほどの畳敷きあり、奥にテーブル、
反対側にはシート張りのベッドがある。
後楽園ホールは、通常はボクシングの試合を開催している。
このベッドは、ボクサーのためのものなのだ。

鞄から衣装を出し、ハンガーにかける。
番組のスタッフがやってきて、弁当を置いてゆく。
出番はだいたいお昼12時過ぎだ。
ちょうどお腹の空いた頃が出番で、

「出番になると、腹が減るんですよ。
 それで、やる気の出ない芸風になっちゃうんですよ」

私の以前のぼやき、言い訳に対応して、
しっかり弁当が配給されるのだ。

弁当を開けて食べていると、
R師匠がドアを開けて入ってきた。

「おやぁ、弁当食ってるねぇ。
 相方はどうしたの?
 なに、高座の袖でネタを準備中? 
 あんたはしゃべるだけだから弁当食ってるんだぁ。
 楽でいいなぁ」

返す言葉もない。

まずはリハーサルを行う。
カメラ・リハーサルゆえ、衣装もメイクも本番と同様だ。

「はいっ、ナポレオンズさん、カメリハまいりま〜す!
 5秒前、4、3、2・・・」

登場用の音楽が鳴り、高座に登場する。
不思議なもので、高座に上がる前まで緊張している。
それが、上がった途端に緊張が解けているのだ。

リハーサルを無事に終え、控え室で少し修正をする。

「だからさ、もうちょい大げさにしてさ。
 キイ・ワードを言ったら、動いてさ」

袖に向かう。
制作スタッフ、音声さんたちが慌ただしく動いている。
ピン・マイクを付けてもらい、袖に上がる。

「本日の出演者は、
 この番組の演芸コーナー最多出演者です。
 この番組の出演料だけで、
 135億円稼いでおります」

U師匠のご紹介はいつも大爆笑だ。

一気に会場内が笑いに包まれ、和んだ空気になる。

「はい、ではお願いします」

音楽とともに高座の中央へと進む。
会場は超満員のお客さまで埋め尽くされている。

「皆さん、こんにちは。
 まだやっているナポレオンズです。
 今日はすごいマジックを
 次々とメドレーでふたつやります」

いつもは長いのだが、今回は6分ほどで終了した。

「ありがとうございました」

袖のスタッフたちは、新たな指示を出したり聞いたり、
相変わらず慌ただしい。

「良かったんじゃないの。
 いつもよりちょい短かった?
 けど、いいやね。
 大丈夫でしょう」

なかなかホッとした気分にはなれない。
なにせ、大爆笑で当たり前、
視聴率20%も普通だったりする長寿番組、
テレビ局の看板番組なのだ。
マジックの出来がすごく良くても、
制作側はそれが当然のこと、普通のことなのだ。

ホールの外に出ると、雨が降っていた。
いつものように最寄りの駅には向かわず、
少し遠くの駅まで歩く。
本屋さん、ラーメン屋さん、DVD専門店、
スポーツ用品店などを眺めながら、ゆっくりと歩く。
傘をさしているのだが雨脚は強く、肩が濡れる。
濡れて歩いて、だんだんと高揚した気持ちが静まってくる。

番組は7月29日(日)午後5時半から放送される予定だ。
さて、どんなマジックで、出来はどうだろうか。

「まぁまぁ、でも面白いと思うんだけどなぁ。
 観てもらえるかなぁ、どうか観てほしいなぁ」

傘を傾け、雨の落ちてくる空を見上げて、
私は雲の上の誰かに小さくお願いをした。

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2012-07-29-SUN
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