MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『私を三宅島に連れてって』


「三宅島に一緒に行きませんか?」

嬉しいお誘いに、
私はハイハイとふたつ返事でお応えをした。
私にとっては初めての三宅島である。
あらかじめ三宅島の気候について訊いてみた。

「えぇっと、朝晩は涼しい、というか寒いみたいです。
 でも、昼間は暑いらしいです。
 風が強くて、雨が降ると相当降ります」

ということで、薄めのセーター、ジャンパー、
防水ジャケットとズボンなどを鞄に詰め込んだ。

「森や林に入るので、蚊よけが必要です。
 蚊は、島には3種類ほどいるそうで、
 中には強力なヤツもいるので、
 蚊よけ対策はしっかりした方がよさそうです」

私は蚊よけとかゆみ止めも鞄に詰めた。

6月某日、私はマジック道具とともに
竹芝桟橋へと向かった。
早めに竹芝桟橋に着き、レストランでビールを飲んだ。
午後10時20分の出港を待ちながら、
これまでの船旅を思い出していた。

ずいぶんと古い記憶になってしまったが、
青函連絡船に乗ったこともある。
青森と函館を結んでいた連絡船で、
当時はトラックが多かったように思う。
トラックの運転手さんたちと、広い床に雑魚寝したものだ。

仙台から苫小牧への船にも乗った。
20時間ほどの船旅で、お風呂にも入った。
大きい湯船に浸かるのだが、
揺れるとお風呂の湯がザブンザブンと
海面と同じように揺れるのだった。

大手デパートの顧客だけを乗せたクルーズにも同乗した。
船内にはあちらこちらに特設売り場があり、
高級な宝石や豪華な毛皮などが並べられていた。
顧客ひとりに専属の販売員がひとり張り付く。
船なので、顧客は宝石を見たり毛皮を試着するしか
することがない。
夜は美味しいディナーを食べ、
我々のマジックショーを観て、現実を忘れてもらう。
周りは海、顧客が逃げ出すことも出来ない。

「じゃぁ、これとこれ、いただこうかしら」

実によく考えられた船旅だった。

思い出に浸っていると、
すぐに待ち合わせの時間がやってきた。
今回の船旅に誘っていただいた江戸家猫八先生と
2代目小猫さん、R大学のH教授の姿が目に入った。
三宅島では、私のマジックショーと猫八先生、
小猫さんの動物モノマネ、
3人でのモノマネ&マジックのコラボ、
『動物モノマジックショー』を公演するのだ。

思っていたよりも大きい船だった。

「特1等なので3階ですね」

小猫さんのリードで階段を昇る。
1階も2階も、大勢の旅行客で混雑している。

私たちの船室に辿り着いた。
入って左側に洗面、右側は衣装ロッカーがある。
その先の左右に2段ベッド、奥に小さいテーブル、
ソファー、椅子がある。
広くはないが、4人ならばゆったりできそうだ。

「今日はそんなに揺れないと思いますよ。
 まぁ、膝を曲げてね、
 寝てしまえば酔うことはまずないです」

ビールを飲みながら、以前の船旅のことを話し合う。

「だいぶ前に船のショーがあったんですよ。
 でね、司会の男性がひどい船酔いになっててね。
 『ウプッ、皆さん、こんばんは。うぅぅぅ、
  今宵は素敵な、
  ウプッ、う、う、ぅぅぅ』
 そのまま引っ込んじゃったんですよ」

しばらくして、それぞれのベッドに入る。
カーテンを閉め、
「おやすみなさい」

朝4時半頃、
「おはようございます。
 本船はもにゃもにゃ・・・」
よく分からないアナウンスで目が覚める。
朝5時、船はゆっくりと港に接岸した。
いよいよ、三宅島初上陸だ。

三宅島のレンジャー、Eさんが出迎えてくれ、
車でペンションに向かう。
荷物を部屋に運び入れ、猫八先生、小猫さん、
H教授は休む間もなくバードウオッチングに向かう。
私だけ、朝食までの間しばし仮眠。

7時半に朝食、当然ながら魚が美味しい。
貝の出汁が利いたみそ汁もうまい。

9時に役場を訪問。
役場は、小学校の校舎を利用している。
本来の役場は有毒ガスの濃度が高い地域にあり、
今は使用できないとのこと。

「クジラとかイルカね、
 すぐ近くで見られますからねぇ」

村長さんに、三宅島のあれこれを話してもらった。

その後、三宅島のことを考えるワークショップに
参加した。

「大きな夢でもいいです。
 皆さん、考えてみてください」

H教授に促され、私も想像を巡らした。

「三宅島王国にしましょう。
 誰かに王様になってもらって。
 誰もならなければ、僕が初代の王様になりましょう」

誰かが言う。

「ナポレオンは三宅島じゃなくて、
 セントヘレナ島だよ」

午後、車で島巡り。
三宅島の1周はおよそ33キロで、
山手線外回りとほぼ同じだという。
2時間ほどかけて案内をしてもらった。

鳥居の上の部分だけが見える。
つまりは、溶岩が鳥居のてっぺんの高さまで
積もってしまったのだ。
学校も同様に、屋上まで溶岩で埋まっている。
以前は湖だったところが平原になり、
海岸に小島が隆起している。
見渡す限り赤い溶岩だけが広がっている高原に立つと、
まるで出来たばかりの頃の地球を
見ているような気になる。

車から見る光景も、初めて見るものばかりだ。
ふと後部座席のH教授、小猫さんを見ると、
ふたりとも車の揺れに合わせるように
頭を前後左右に揺らしている。
無理もない、すでに彼らはこの光景を何度も見ている。
また、早朝から休まず活動しているのだ。
車から降りるとH教授が、

「なんだか、首が痛いのよ。
 どうしちゃったかなぁ」

H教授、痛みの原因は明らかであります。

夕食後、三宅島初という、
H教授を囲んでの女子会が催された。
終盤になって、猫八先生、小猫さん、私、
3人の男性の参加が認められた。
しかし、飛び交う熱い女子トークに気圧されて
男性陣はひと声もないまま。
まさに、借りてきた猫3匹。

三宅島の長い初日が終わった。

「揺れないベッドは、やっぱり気持ちいいな」

遠くで鳴く鳥や虫の声を聞きながら、
私はすぐに眠りに落ちた。

(つづく)

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2012-07-01-SUN
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