MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『6月の幸福』

6月になると、披露宴のゲストとして招かれることが
多くなる。
出番前に、そぉっとドアのすき間から
披露宴会場を覗いてみる。
ジューンブライド(June Bride)、
6月の花嫁さんと花婿さんが、
そりゃもう幸せそうに
生花に囲まれたテーブルに座っている。

披露宴は順調に過ぎ、中座していた新郎新婦が再入場して
各テーブルを回る。

「お色直しをされまして、
 一段と華やかになられました
 新郎様、新婦様に今一度盛大な拍手をお願いします」

やがて拍手が収まり、

「それではここで、
 スペシャルゲストの登場でございます。
 東京から駆けつけてくださいましたマジシャン、
 ナポレオンズさんでございます」

いよいよ、我らの出番がやってきた。

私はいつものように、

「すいません、おふたりの幸福にあやかりたいので、
 その幸せでピッカピカのお顔を
 1分ほど見つめていいですかぁ。
 ご列席の皆さんも、どうぞ一緒にふたりを見つめて
 幸せを分けてもらいましょう」

新郎新婦はすぐに顔を紅潮させて、
ウフフウフフと更に幸せ度を増していく。
そのあまりの幸せっぷりに、誰もが思わず笑い出す。

当たり前だが、新郎新婦は披露宴の主役である。
ところが、その主役が宴の進行につれて次第に前の
テーブルのお飾りのようになってしまう。
宴の半ばでは、
まるで置物状態になってしまうことが多い。
そこでもう一度、ふたりを主役にして
穴の開くほど見つめるという儀式を行う。
今日のふたりは一般の方ゆえ、芸能人のように
見つめられることに慣れてなどいない。
それゆえ、本当に可愛らしくはにかみ、
幸せな思いが顔から溢れ出すのだ。

それを見て、私は本当にウットリとする。
幸せといっても、当然ながら目に見えるものではないし、
なかなか実感することもできないものだ。
それが、目に見える幸せ、幸福が
ふたりの顔から溢れ出ているのだ。
それはもう、ピッカピカに輝く幸福。

いいなぁと思う。
そうして、しばらくして、
この幸せがいったいいつまで続くのだろうと思う。
もちろん、永遠にいつまでも末永く続くことを
願ってはいる。
しかしねぇ、その永遠が意外と短かったりすることもある。

仕事柄、友人の披露宴の司会を務めたりもしてきた。
ある友人は、新婚旅行でヨーロッパへと旅立った。
しばらくして帰国し、成田から電話をくれた。

「あのさぁ、今からお前ん家行っていい? 」

なぜかひとりで、成田から我が家に直行である。

「で、どうだった?」
「うん、ヨーロッパは、寒いねぇ。びっくりしたよ」
「ふぅん、でも、観光はしたんだろ?」
「まぁね。少しだけだけど」

肝心の話は、霧に隠れて聞けもせず話もしてくれず。
ただ、彼の顔から間違いのない推測はできるのだった。

あの日の、こぼれるような幸福は
彼の顔からすっかり消え去っていて、
紅潮してピッカピカの幸せは
旅先の冷たい風に吹かれて冷えきってしまったようだ。

どうやら、新婚旅行の最中に何かの不都合があって、
ふたりは別々に帰国したらしいのだ。
あいつはそのまま我が家に泊まり、翌日帰って行った。

「それでは、おふたりの初めての共同作業ですよ」

そう言って、新郎の頭に『あったま・ぐるぐる』という
マジックの道具をかぶせ、新婦がこわごわと回す。
新郎の顔がぎこちなく回り始め、
一斉にフラッシュが焚かれる。
続いて、
『◯◯さま◯◯さま おめでとうございます!』
と、新郎新婦の名入りの大きなスカーフが出現した。
スカーフの余白には、友人たちの祝福のメッセージが
書き込まれることだろう。

出番を終えて、会場の外に出た。
着いた頃は薄曇りだった空が、すっきりと晴れ渡っていた。
新郎新婦は、陽射しを浴びて
ウエディングケーキにナイフを入れている頃だろうか。
私はふたりの顔を思い浮かべた。
分けてもらった幸福は、まだ温かいままだ。

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2012-06-10-SUN
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