MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『僕の7日間』

月曜日 水漏れがしたり錆び付いたり、
    なんだかボロくなった
    部屋をリフォームすることになり、
    仮の住まいに引っ越していた。
    引っ越しといっても、
    マンションの隣の空き部屋に移動するだけ。
    その距離、徒歩8歩。

    今日は、リフォームが終了した部屋に戻る日。
    再び徒歩8歩の隣の部屋へ再び引っ越しをした。
    たった8歩とはいえ、冷蔵庫やテレビなどの家具は
    重くてひとりでは運べない。
    知人の業者に頼んで運んでもらった。
    僕は小さくて軽い荷物専門となり、
    せっせと運ぶ作業に専念をした。

    大小の様々なゴミを、マンションの1階にある
    ダストルームに運ぶのも僕の仕事だ。
    僕のゴミは、ほとんどがマジックの道具だ。
    いつかは使える、役に立つと思って買ったものが、
    いつの間にか専用の箪笥にぎっしり詰まっている。
    それらをついに整理することにしたのだ。

    マジックを教える時、
    「いいですか、マジックの道具ばかり多くても
     良いマジシャンではないですよ。
     なんといっても、量より質です。
     ひとつ、ふたつ、
     ちょっと良いマジックができればいいのです」
    などと言っておきながら、
    よくもまぁすごい量を集めたものだ。
    
    いらないマジックのタネを次々とゴミ袋に投入。
    何度も何度もダストボックスへと運び込んだ。
    なんとか夜までに引っ越しは完了、
    ホッとして携帯の万歩計をチェックすると、
    なんと8352歩も歩いていた。
    部屋から部屋へはほんの8歩、
    ダストボックスまでは3、40歩。
    それらが積み重なって8352歩になったのだ。
    それにしても、くたびれました。


火曜日 来月も開催される『マジック教えまSHOW』用の
    タネを制作した。
    なぜだかこのマジック教室が好評で、
    毎月多くの皆さんに参加していただいている。
    不思議なことに、プロのマジシャンも
    毎回参加してくれている。
    そこで、次回もとびきり面白くてユニークなネタを
    準備しなければならない。

    たった3枚のトランプの
    真ん中の1枚を引いてもらうと、
    まったく別のトランプに変身している
    『トランプ変身術』と
    トランプの裏表が次々と変化する
    『カメレオントランプ』を作った。
    なんとか30分ですべてが完成した。
    僕はマジック教室の生徒さんに宣言するだろう。
    「皆さん、これからお渡しするのは、
     構想3年、制作30分の大作です」


水曜日 ソファにごろりと横になって、
    たまった古い新聞を読むのがなぜか好きだ。
    その日の朝刊だと
    事件事故の記事が生々しく感じられるが、
    何日も前の新聞記事は、
    ほとんどが過去のものになってしまっている。
    犯人は捕まり、ほとんどの事件事故が解決済みだ。
    それゆえ、なんだか安心して読めるのだ。

    もっとも、古い新聞のテレビラジオ欄を見て、
    「この番組は今日だったかぁ。よし、録画しよう」
    とビデオデッキに向かう。
    ところが、探している番組はまるで見つからない。
    当たり前のことで、
    古い新聞のテレビ欄に載っているのは
    もう放送してしまっているのだと気づき、
    「あぁ、オレはなんてバカなんだろう」
    そう思い知らされたりもする。
    なんとも平和な日。


木曜日 雑誌を読んでいた。
    料理の特集があり、鍋料理のレシピが載っていた。

    『白身魚の切り身 4切れ
     醤油 大さじ2
     砂糖 小さじ1
     酒 少々
     昆布 5m』

    最後まで読んで吹いてしまった。
    むむむ、昆布5mはすごい。
    鍋から溢れ出ている5mの昆布。


金曜日 ある地方の披露宴に招かれた。
    信じられないことだが、
    披露宴が8時間も続くのだ。
    それゆえ、僕の出番も2回あった。
    始めは午後すぐ、2回目は夕方だった。
    披露宴で出番が2回あるのは大変に珍しいけれど、
    この地域では当たり前なのだとか。

    夕方の出番が厳しかった。
    なんせ、お客さんの大半が
    飲み疲れて眠ってしまっているのだ。
    大きなお座敷、広間に大勢の人が倒れている。
    その前でマジックをするのだ。

    なんとか持ち時間をこなし、新郎新婦に、
    「本日はおめでとうございます。
     私はこれで失礼します」
    と挨拶をした。
    新郎曰く、
    「いいなぁ、帰れて。
     僕らはまだまだ帰れないっすよ。
     みんなみたいに寝ることもできないっす」

    おふたりの、初めての共同試練です。


土曜日 マジック番組の打ち合わせに出かけた。
    一緒に出演する若手マジシャンが
    タブレット端末を取り出し、
    画面に触れると彼の映像が現れた。
    様々なマジックが実に鮮明に映っていて、
    言葉の説明などまったく不要だ。

    「で、小石さんはどのようなネタですかねぇ?」
    ディレクターが言う。
    「えぇっと、まず最初にぃ‥‥‥」
    なんだか、敗北感。


日曜日 お誘いを受けて、お馬さんの駆けっこを
    応援に行った。
    美しい緑の芝生を、駿馬たちが駆け抜ける。

    昔、誰かに聞いた話を思い出した。
    競馬好きのお父さんと、その子供の会話。

    お父さん 「犬はなんて数えるの?」
    子供 「1匹、2匹」
    お父さん 「じゃぁ、鳥さんは?」
    子供 「1羽、2羽だよ」
    お父さん 「じゃぁ、お馬さんは?」
    子供 「1着、2着」

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2012-06-03-SUN
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