MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『ともに生きよう』

曇り空からなんとか金環日食が見られた朝、
私は長野県の須坂に向かった。
長野電鉄、須坂駅から
車で10分ほどにあるお寺で開催される講話会の
ゲストに招かれたのだ。

今回が2回目の出演だ。
といっても、前回の出演は20年以上も前になる。
前回は、友人の落語家の師匠をお誘いしての落語会だった。
私の出番の後、真打ちの師匠に一高座つとめていただき、
ご住職が締めの挨拶をされたのだが、

「いやぁ、面白い落語でしたなぁ。
 あたしも久しぶりに大笑いさせてもらいました。
 この方は、きっとすぐに立派な真打ちになりますよ」

師匠はとっくに真打ちで、私は慌てて、

「ご住職、師匠はとうに真打ちになられているんです」

と告げた。
ご住職は少しも動揺せず、

「おっほっほ、こりゃぁどうも失敬しました。
 これがホントの、知らぬが仏じゃ」

そんな大物のご住職はまるで変わらないご様子で、
20年ぶりに会ったとは思えないほど
かくしゃくとしたままであった。
相変わらず、あちこちにテキパキと指示を出し、
周りの人が何かを言おうとするともういなくなっている。
ご住職の親戚の方が、

「いやぁ、いつもこの調子で。
 とにかく人の言うことは聞かない。聞く予定もない。
 でもね、だから元気なんだよね。
 自分の考えだけで生きてきて、
 ストレスなんかないだろうね。
 ひょっとすると、ストレスってなんじゃぁ、なんて
 知らないかもなぁ」

そんな気ままなご住職だが、酒も飲まず、
利益は檀家のためにというのが信条なのだそうだ。

廊下の壁に、多くの有名人の写真が掛けられている。
著名な俳優さん、誰もが知っている演歌歌手、
お笑い界の大御所。

「そりゃもうねぇ、色んな人に来てもらってね。
 色々、話してもらうの。
 そりゃぁ檀家のみんな、喜ぶよぉ。
 ほれ、あの俳優の◯◯も来てくれてね。
 そのご縁で裏に墓を建ててね、眠ってるの」

ご住職が司会を務められるのだが、
マイクがあるにもかかわらず地声で淡々と話される。
すぐにスタッフの方が来て、

「すいません、後ろの皆さんが聞こえないと言ってます」

ご住職にそんな苦情は通用しない。

「その人は耳が遠いんじゃろ」


遠く広島から招いたというお坊様の講話が始まった。

「人間は死んだらどうなる?
 そんなことを心配するより、
 今生きていることを思いなさい。
 人間は死んだら、水、水蒸気になって
 空に昇っていくのです。
 水、水蒸気になるだけ。
 なんも、心配はいらんのです」

私は袖で出番を待ち、有り難い講話を聞きながら、

「近い将来、遺影なんてのも
 フォトフレームになったりして。
 写真が少しずつ替わって、
 色んな表情の写真が見られたりするのかもなぁ」

などと想像を巡らせていた。

「はい、皆さん、ほれ、知っとるでしょ。
 あの、頭回す人、呼んでますよ。
 ほいじゃ、どうぞ」

素晴らしく簡潔なご紹介で、私は畳のステージに登場した。
もうご住職に言われてしまったので、
まずは代表作の『あったま・ぐるぐる』から演じてみた。
いつもは最後にやるのだが、
始めにつかみでやる方がいいなぁと思った。
これもご住職のお導きであろう。

「涙流して笑うとる人もいたなぁ」

ありがたいことでございます。

「ただ、手品はやらんのか、という人もいてな。
 あれも、立派な手品じゃけれどもなぁ」


ひとつ早い電車に乗れるということで、
素早く片付けて須坂駅に送ってもらった。
20分ほどで長野駅に到着、新幹線で東京駅に戻った。
気付けばずいぶんと空腹で、
駅近くのの蕎麦屋さんに入った。

『信州蕎麦◯◯』と染められたのれんが掛かっている。
私は昇太師匠の新作落語を思い出した。
日本人の団体客がイタリア旅行に出かける。
皆、高齢者ばかりだ。
行きの機内で、すでに梅干しだの漬け物だのを食べ始める。
イタリアに着いても、

「ねぇ、あたし、炊飯器持ってきてんのよ。
 卵かけごはん、食べようよ」

なぜか日本食ばかりを食べて、帰国の途につく。
日本の自宅に戻り、

「はぁぁぁ、くたびれたぁ。
 お腹すいたけど、作るの面倒だし。
 ねぇ、ピザでも取るぅ?」

「ピザはイタリアで食えよっ!」
昇太師匠の叫びが聞こえてくるようだ。
もっとも、私の場合は、
「蕎麦なら長野で食えよっ!」
なのだが。

自宅に戻り、やれやれと鞄を降ろした。
この鞄もずいぶんと長持ちだ。
思えば海外も国外も、この鞄とともに旅をしてきた。
こん平師匠のマクラに、

「皆さまからご当地のお土産などいただきましたが、
 あたしの鞄にはまだ若干の余裕がございます」

というのがある。
そうそう、一升瓶とかお米とか、
ずいぶんと重いものも入れて持ち歩いたものだ。
お酒は旅の途中で軽くなったりするが、
お米はそうはいかない。
それでも背中に背負って旅を続けたのだった。

ふと見ると、なんと右肩の肩ベルトが
切れそうになっているではないか。
まるで気付かなかった。
もうすでに半分ほどが切れてしまっている。
これでは、重い荷物を詰めて旅などできそうもない。

私はお坊様の話を思い出していた。
人は死して水、水蒸気となる。
はたしてこの鞄はベルトがすり切れるまで働き、
役目を終えて何となるのだろう。

「今まで、ご苦労様でした。
 ありがとう」

私は働き終えた鞄に向かって手を合わせた。

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2012-05-27-SUN
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