MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『可愛い弟子たち』

私は、とうに引退したマジシャンだ。
マジシャンの引退といっても、
別に特別な手続きやセレモニーがあるわけではない。
ただ、心の中で、
「あぁ、終わったなぁ」
と独りごちるだけだ。

「芸人は舞台の上で死ねれば本望だよ」
なんて人もいるが、私はそうは思わない。
だいたい、舞台で死んでしまうほど具合が悪くて
良い芸ができるはずもないだろう。
しかも、芸を見にきたはずのお客さんに、
人の死ぬところを無理矢理見せてしまうことになるのだ。
「すごかったよ。突然バッタリ倒れて、
 幕が閉まる前に息を引きとったんだから。
 オレは見ちゃったもんね、その一部始終を」
なんて自慢する観客もいるのかもしれないが。

目出たいことに米寿を迎えても現役の先輩芸人さんがいる。
しかし、興行主に、
「ねぇ、来年の夏の公演に◯◯師匠を呼びたいんだけど、
 来年もまだ大丈夫だよねぇ?
 来年だと89歳だろ? 
 やばいかなぁ」
なんて、不謹慎ではあるが
もっともな心配をされる始末だ。
だが、当の先輩芸人さんは、
「ふん、心配ご無用に願いますよ。
 あたしが心配なのは、あの興行主が
 ちゃんとギャラを払ってくれるかどうかだけですよ。
 人の命の心配をするより、
 自分の財布を心配しなよってもんだよ」
ますます、意気軒昂なのだ。

それにしても、引退して何年にもなるのに、
まだ夢を見ることがある。
出番に間にあわない、急いで出かけようとしているのに
ネタがない、衣装を着ようとすると
肝心の燕尾服がどこにもない、
やっとステージに出て始めたものの、
ひとつもうまく行かない等の夢だ。
そうしてハッと目が覚めて、夢でよかったと安堵する。
ラスベガスで活躍したマジシャンも、
引退して何年も過ぎたのに、
同じような夢にうなされると聞いた。
私も、まだまだしばらくは
夢の中では現役のままなのだろうか。

さて、引退したマジシャンは、
一切マジックとは無縁の生活をしているかというと、
そうでもない。
マジックを教えたり、道具を作って販売したりと、
やはりマジックに関わりを持ち続けている人が多い。
私もそのひとりである。

私は、マジシャンだけを抱える芸能プロダクション
『東京アレマー芸能事務所』を運営している。
所属しているマジシャンは
いずれも若手女性マジシャンばかりで、
3人のグループ『魔女マニア』、
メイド服の似合う『ミステラー・メイド』、
男装のマジシャン『ギャルボーイ』。
彼女たちはアイドルのような容姿、魅力で
日本全国を飛び回って活躍してくれている。

お陰様で、私のプロダクションの経営は順調だった。
ところが、最近になって自慢のマジシャンたちが
簡単なマジックを失敗したり、
笑ってごまかしてばかりいるようになってしまった。

これは何か問題が起きているに違いない。
私はすぐさま甥のロボット制作会社『ロボティ』に
相談に出かけた。
実は、私のプロダクションに所属しているマジシャンたちは
すべてロボットで、マジックもできるように
プログラミングしてもらったものなのだ。

「最近、ロボットたちが失敗ばかりだったり、
 いい加減なマジックでごまかすようになってるんだよ。
 どうしたんだろう?」

私はマジック・ロボットを制作してくれた甥に告げた。
すると、甥はやや困ったような表情になって、

「実はですねぇ、
 おじさんが現役だった頃のマジック、芸風を
 データ化してロボットにプログラミングしたんですよ。
 ロボットには学習する機能も備わっているので、
 少しずつおじさんの芸を学んでるんですよ。
 つまり、あのロボット・マジシャンたちは限りなく
 おじさん化しているわけで・・・」

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2012-05-13-SUN
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