MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『バランス』

パントマイムは大変な肉体労働であるらしい。
存在しない壁にもたれているポーズ、
強風に逆らって前に進むポーズなどは、
力を入れている部分は力が入ってないように見せ、
力が入っているように見える部分は
力を入れないという。

「例えばね、ありもしない椅子に座ってリラックスして
 いるというポーズをやるでしょ。
 その場合、組んだ足の上の方はプランプランさせる。
 そうすると、力が入ってないように見えるでしょ。
 ところが、そこに目いっぱい力入れてんのね。
 つまりさぁ、全部が逆なんだよね。
 普段とはまったく逆の力の使い方してるんだよね。
 そうするとさぁ、肉体にすごく無理がかかるんだよ」

パントマイマーはふぅっとため息をつき、
「どっこいしょ、今から整体に行ってきます」
傷む肉体を無理矢理動かして去って行った。

マジシャンも不自然な言動をすることが多いらしい。
マジシャンは観客には見えない、
あるいは意識させない部分に
自身の神経を集中させながら、
表面上は穏やかな笑顔を見せていなければならない。
観客の視線、関心を集め、
リラックスさせた右手を見せながら、
左手の感覚を研ぎすませて
秘密のトリックを手の中にしまい込む。
その時、マジシャンも自身の右手を見ているだけのように
ゆったりとしていなければならない。
左手も、ただぶらりと下げているように
見えなければならない。
「この動きがね、肉体にすごく
 負担を掛けているらしいんですよ。
 自然な動作の流れのように見せながら、
 不自然な態勢ばかりなんですね」

マジシャンは動作だけではなく、言葉でも、
「どうでしょうか?
 その手のひらの黒い点はホクロですからね。
 何か怪しい仕掛けではないですよ」
などと軽やかに説明しながら、心の中で、
「マジシャンが見せているものは、
 すべて見られてもいいものだけ。
 しかも、そこを見ている限り、
 秘密の作業に気付く観客はほとんどいない」
などと、口に出していることと
まったく逆のことを考えていたりする。

「つまりですね、微笑んでいる時に力を入れ、
 力を込めているように見える時は
 力を入れてないんですよね。
 そんなことを続けていると、
 普通の疲労とは違う体の凝りを感じるんですよ」

確かに、マジシャンは自身をもダマせるくらいのウソを、
まるで抵抗なく口にしなければならない。
「何も持ってません。
 このハンカチにも一切の仕掛けはありませんね」
そんなウソを、良いマジシャンならば
ごく自然につかなければならない。
だが、ウソをつくのも、
そのウソが簡単に信じられてしまうのも、
マジシャン自身の肉体と精神に
大いに負担になるというのだ。

「ですからね、僕は時々、
 犬や猫にマジックを見せるんですよ。
 まぁ、当たり前ですけど、
 彼らにマジシャンの言葉のウソや
 素振りのウソは通用しないんですよ。
 犬や猫はウソは聞かないし、ウソの行為も見ない。
 つまり、まったく通用しないんですね。
 でも、それが良いんですよ。なんだか、そうだよなぁ、
 ウソなんて通用するわけないよなぁ、なんて、
 妙にホッとするんですよね」

私がマジックを演じる際、時に、
「これはまぎれもなく、超能力です」
と説明したりする。
だが、演技後には、
「ウソで〜す。これは100%、マジックで〜す」
と告白してしまう。
つまりは、ウソをついたらすぐに、
「今のはウソで〜す」
と、正直に告白するのだ。

そんな芸風を、実はこれまでは恥じていた。
超絶技巧で不思議を連発し、説得力ある語りで
ウソを真実に変身させてしまうマジシャンと比べて、
私はなんてダメなマジシャンなのだろうと思っていた。
しかし、どうやら私はウソをつかず、
不自然な肉体の使い方もしないことで、
見事に精神と肉体の健全さを保ってきたらしいのだ。

私はあくまで正直に、
「ここはちょっと怪しいです。見ないでください」
と告げ、
「ちょっとゴソゴソします」
と言いつつ、堂々とネタを仕込んだりもする。
私はあるがままに、自然のままにマジックを演じる
希有なマジシャンなのかもしれない。

パントマイマーやマジシャンは、
あくまで芸のために不自然な動作、言動をしている。
それでも、時に肉体と精神が悲鳴を上げてしまう。
人を罠にかけるためのウソとか悪巧みならば、
なおさら肉体と精神の健康を害すると思う。
やはり、人間は悪巧みをしたりウソをつかない方が
自然で無理のないことに違いないのだ。
無論、善意のためのウソだったり方便として、
時にウソを言うこともあるけれど。
だが、そんなウソでさえ、心身のどこかに
無理が堆積してしまうように思えるのだ。

デパートに勤めている友人が私に教えてくれた。

「毎日数えきれないくらい、お辞儀ばかりしてるでしょ。
 だから、家に帰ったら何度も頭をそっくり返すのよ。
 つまり、お辞儀の反対の動きね。
 それでやっとバランスをとってるのね、うふふふ」

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2012-04-15-SUN
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