MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『ぬか漬けがよろしいようで』

三笑亭夢之助師匠は今、
ぬか漬けに凝っているという。

「いやぁね、これがうまいのなんの。
 大きな木の桶、あの“たが”がはまってるやつ、
 それともうひとつ、陶器の。
 それにキュウリね、白菜ね、もちろん大根も。
 いやもう、うまいねぇ。
 ただ、1日に2回は混ぜないとね。
 こうね、手を突っ込んで。
 機械で自動的に混ぜるのもあるけどさ、
 やっぱり手だね。
 手で混ぜて、それで水が多い、
 足りないが分かってね。
 必ず1日に2回混ぜないといけないから、
 泊まりの仕事は断っちゃってね。
 もうね、お金よりぬか漬け。
 変わったとこで、夏みかんね。
 これをね、皮をむいて実だけを丸ごと漬け込む。
 オツな味ですよぉ。
 でね、漬かったら普通にほら、袋をむいて食べる。
 これがねぇ、なんと言ったらいいかねぇ、
 まるで夏みかんを
 ぬか漬けに漬けたようなオツな味でね、
 がっはっはっは」

私は悩めるマジシャンである。
いつも、観客に驚いてもらいたいと思う。
同時に、大笑いしてほしいと願ってもいる。
驚いてもらうだけでも、笑ってもらうだけでもいけない。
驚いてもらって、笑ってもらいたい。
笑ってもらって、驚いてもらいたい。

マジシャンといっても、
実に様々なスタイルに分かれている。
ステージが得意な人もいれば、
主にトランプを使って間近で見せる人もいる。
大掛かりなマジック道具を
ステージに並べて演じるマジシャン、
イリュージョニストもいれば、
精緻なマジックの技術を華麗に見せたいマジシャンもいる。
テーブルの周りに数人の観客を集めて
目の前で不思議を見せる、
クロースアップ・マジシャンも増えている。

私はしゃべるマジシャンである。

「このマジックはチャイナ・リングといいます。
 中国は広島で考えられたと伝えられています。
 どこで手に入れたのかはいえませんが、
 あるデパートで1万円で買ってきました。
 すごく不思議です。
 今からご覧いただきますが、ちょっと待ってくださいね」

いきなりマジックの使用説明書を読み始めたりする。
おおよそであるが、ひとネタにつき3分ほど
あれこれ会話をする。
延々としゃべって、マジック自体は
一瞬で終わることもある。

まったくしゃべらないで、美しい音楽に乗って
華麗に演じているマジシャンがいる。
私はうらやましく思う。
何か、頂上だけを目指している清さを感じる。
ひとつひとつのマジック、不思議な現象を
個々に見せるだけではなくて、
全体をアートにしようとしている志があるように思える。

私は悩めるマジシャンである。
マジックを演じると同時にしゃべっていると、
頂上というものがさっぱり見えてこない。
志というものも持たないのか持てないのか、
どうにも分からない。

才能豊かな人がいて、話しても歌っても物まねしても、
芝居しても、上手い人がいる。
また、それらがヘタでも、妙な味わいや色気、愛嬌があって
人々を魅了してやまない人もいる。
名はないけれど、堂々としている人がいる。
名を上げたのに寂しそうな人もいる。
芸人は誰も、不公平というプールの中で
足をばたつかせながら生きているのだろうか。

人間は2対6対2の割合で優秀な人、
普通、ダメな人に分かれて行くという説がある。
優秀な人ばかり集めても、
その中で2対6対2の割合で
優秀、普通、ダメと分かれて行くものらしい。
さて、私はいったいどこに所属しているのだろうか。

思い悩む私は、三笑亭夢之助師匠に頼んでみた。

「師匠のところのぬか床に、
 私を2晩ほど漬けてください。
 そうすれば、とっても良い味わいの芸人に
 なれるかもしれません」

夢之助師匠、答えて曰く、

「あぁたはもうこれ以上漬ける必要ございません。
 もうすでに立派な古漬けでございますよ、
 がっはっは」

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2012-03-11-SUN
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