MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『シャツとパンツとわたし』

洋服が、満員電車の乗客のように詰め込まれている。
下の引き出しを開ければ、シャツやらパンツ、靴下たちが
我先にと飛び出してきそうだ。
「もう満杯だなぁ。なんとか整理しないとなぁ」
私は今日も、洋服ダンスを開けつつ嘆息する。

パンツは7枚もあればいいと思う。
シャツなんかも、7、8枚あれば足りるはずだ。
ステージ衣装だって、それほどの数は必要ないだろう。

それなのに、パンツは引き出しを埋め尽くしている。
もう、何枚あるかさえ分からない状態だ。
シャツも同様に、着ては脱いで着ては脱いで、
それでもしばらくなくなりそうもない。

シャツは、温かさを保ってくれる冬用のと、
夏は涼しく感じられるシャツが
同じ引き出しに混在している。
温かいんだか涼しいんだか、
見た目では分からないのもある。
シャツをしみじみと観察して、

「ふむふむ、これは夏用だな。
 今日のような寒い日にこんなのを着て出かけたら
 余計に寒くて風邪引くよなぁ」

などと、ひとりつぶやく。

パンツは、ずいぶんと古いものもある。
なんだか変な方向によれていて、
ずいぶんとくたくたになっている。
捨てるべきだ。
もうとっくに減価償却はできている。
なのに、捨てないどころか、

「おぉっ、まだいたのかぁ。
 こいつ、見た目は情けなくなってるけど、
 はき心地がいいんだよな」

変な方向によれているのは、
私の体型にカスタマイズされた結果なのだ。
くたくたになっているからより柔らかく包んでくれ、
私の下半身の各部位を優しくサポートしてくれるのだ。

シャツも同様だ。
ところどころ縮んだり伸びたりして、
繊維が薄くなってさえいる、
そんなシャツの方が着心地がいいのだ。
月並みな表現ながら、
「このシャツは、もはや私の皮膚だなぁ」
などとウットリする。

さすがにTシャツとなると
思いっきり見えてしまうから、
着心地がよくても着古したものは
見た目がずいぶんとみすぼらしい。
わざとくたびれたTシャツを着て、
すごくカッコいい人もいる。
それはそれでオシャレ、
ファッションといえるのだろうけれど、
残念ながら私には似合わない。

それでも、よれよれのTシャツは
引き出しの奥で牢名主のように鎮座している。
着古したTシャツには思い入れもある。
古いアルバムの写真のように、様々な思い出が蘇ってくる。

「そうだよ、このTシャツを着て出かけたっけ。
 ちょっと遅れてしまって、走ってしまったから、
 思いっきり汗をかいて。
 それが恥ずかしくてデパートに飛び込んで、
 しばらく涼んで汗をひかせて。
 結局、それで余計に遅れたりして」

暑かった夏の日々を思い出す。
そして、捨てられないのだ。

ステージ衣装がぶら下がっている。
実をいうと、プロになって初めて作った燕尾服さえ、
捨てないでとってある。
秋葉原にあった洋服屋さんで仕立ててもらったものだ。
その燕尾服を着て、宣伝用の写真を撮った。
ところが、実際のステージでは
もっとカジュアルな衣装ばかり着ていたので、
燕尾服はただ写真撮影のためだけに
作ったようなものだ。
それゆえほとんど傷まず、型くずれもないままに
棚の奥で出番を待っている。

ステージ衣装は、その時々の流行や好みが
変化していったようで、派手な色合い、デザインから
落ち着いたダーク系に移ろっている。
始めの頃に着ていた衣装は、赤や黄色、
オレンジなど派手なものばかりだ。

昔からあまり体型は変わっていないので、
古い衣装も問題なく着られる。
しかし、赤いジャケットなどは
あまりにも派手過ぎてもう着られそうもない。

「そうだ、後輩の若いマジシャンにあげたら
 着てもらえるかも」

いいことを思いついたと、
私は富山で活動している若手マジシャン、
アレマー玉井くんに電話をした。

「でも、小石さん、あの、
 今年あたり小石さんは赤いチャンチャンコを
 着られますよね?
 でも、赤いチャンチャンコよりも、
 あの赤いジャケットが
 小石さんにピッタリだと思うのですが・・・」

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2012-03-04-SUN
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