MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『ありがとうございました』

ちょうど今頃の季節だっただろうか、
私はひとり山手線の車内にいた。
端っこの席に座り、
昼下がりなのに混んでいる車内を見るともなく眺めていた。
どこの駅だったか、車両に乗り込む人影が見えた。
その人物は、長い丈の手編みのセーターのようなものを
着て、頭にも手編みのマフラーを巻いたような姿だった。
私は慌てて下を向き、眠っているフリをした。
そうして、心の中で、

「変な人が乗ってきたなぁ。
 今までも、なぜだか変な人に声を掛けられてばかり。
 あの変な格好の人に、なんか話しかけられたら面倒だ」

突然現れたセーターとマフラーの怪人が、
どうか私に近づいて来ませんようにと祈っていた。
これまでも、

「あのぅ、僕、すごいファンです。
 あの、手品の人でしょ?」

などと、ファンと言いながら私の芸名を知らない若者や、
酔っ払っていて、

「コラ、マジシャン、逃げるなぁ」

と、大声でわめくおじさんという、
迷惑千万の人ばかりに話しかけられてきたのだった。

あの怪しいセーター&マフラー怪人に
声を掛けられてはたまらない、
私は薄目で男の動きを注視し続けた。

だが、怪人は私の祈りも空しく真っすぐに近づいてきた。
そして、とうとう私の席の前に立ち、
「おい、ナポレオン」
と、低い声で言った。

私は驚いて顔を上げた。
なんと、目の前に立っているセーター&マフラー怪人は、
あの師匠だったのだ。

「どこまで行くんだぁ?」

私はその問いに答えることも忘れて、

「あ、あ、あの、師匠、どうぞ」

慌てて立ち上がって席を譲った。

「で、どこへ行くんだ?」

「あ、はい、浜松町までです。
 あの、師匠はどちらへ?」

「オレかぁ、オレはねぇ、
 ただ山手線に乗ってぐるぐる廻ってんだよ」

「お前も付き合えよ」

浜松町を乗り過ごし、しばらく師匠と話をした。
途中で、車内にいたおばさんたちが師匠に気付き、

「あらぁ、サインもらいたいわねぇ」

などと聞こえるように言いながら近づいてきたが、
師匠を間近にすると気圧されたように
遠のいて行ってしまった。

「オレはここで降りるよ、じゃぁな」

今度は私が山手線を当てもなく廻るのだった。

「いつかすごいマジックを見せるに違いない、
 と、オレにそう思わせるところが、
 お前たちの最大のマジックかもしれねぇなぁ」

師匠はそう言うのだった。
始めはありがたい言葉と思い嬉しかったが、
以来、いつも師匠に見られているような気持ちになった。

「落語はイリュージョンなんだよ」

マジック、マジシャンについても詳しい師匠だった。
ラスベガスでマジックショーを観てきてもいる。

「うん、やっぱり、イリュージョンなんだよなぁ。
 オレたちは、イリュージョンを見たいんだよ」

アメリカの有名マジシャンの日本公演があった。
ビデオでは見たものの、
目の前の不思議で美しいマジックに
私はうっとりとしていた。

客席を見回すと、多くの日本のマジシャンたちが
ステージを見つめていた。
突然、私の席の前列の客が低い声で、

「おい、ナポレオン、
 ありゃぁ、どうなってるんだ?」

私は狼狽しつつも、

「す、すいません、それだけは答えられません」

師匠は私の顔を睨んで、

「やっぱり、答えねぇなぁ」

そう言った後、ニヤリと笑った。

師匠は私にとって、えんま様だった。
いつも、

「やっているマジシャンも、
 アレって思うような、そんな不思議って、
 あるはずなんだよ。
 できねぇ?
 できねぇはず、ねぇんだよ」

えんま様は、なかなか合格点を出してはくれなかった。
でも、ダメと決めつけることもなかった。
いつだって、

「あるはず、なんだよなぁ」

えんま様師匠、ありがとうございました。

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2011-12-04-SUN
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