MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『愛しきパートナー』

『 ヒグラシか 猫のお土産 まくらもと 』

秋の気配が漂い始めた頃、
いつもの場所でいつものメンバーで行われる
句会に参加した。
あらかじめ秋の季語がいくつか提案されていた。
その中の『ヒグラシ』を目にして、
私はすぐにこの句が頭に浮かんだのだった。

子供の頃、祖母の横に布団を並べて寝ていた。
夜中に、猫がどこからか帰ってくる。
猫の肉球は音をたてず、
しなやかな動きは空気さえ乱さない。
なのに、ぐっすりと眠っている私は、
「あぁ、猫が帰ってきたな」
と思う。
いったん眠ってしまうと、
どんな物音にも目を覚まさない私なのに、
猫が帰ってきたことだけは感じられるのだった。

猫は本当に小さく、にゃぁと鳴く。
私は、ほんの少し布団を持ち上げる。
そのすき間に、猫がゆっくりと入ってくるのだ。
猫は、自分で布団のすき間に
体をもぐり込ませることもできる。
それなのに、
「あの、入っていい?」
と尋ねるように小さく鳴いて、
開けてもらったすき間から入ってくるのだった。

朝、目が覚めて枕元を見ると、セミが置いてある。
セミはどこにも傷はなく、今にも飛び立ちそうに見える。
ただ、生きている重さだけが消えているのだった。

秋も深まって、年末の企画が聞こえてくる。
「ねぇ、動物を使ったマジックって、最近見ないよね。
 今度はライオンとか虎を出してくれよ」
冗談などではなく、
本気で動物マジックの企画を考えている
ディレクターがいたりする。
「色んな猛獣だって、レンタルできるからさぁ。
 マジックで出したらすごいと思うよ」
更に本気度を増して言われるのだが、
借りてきた動物がすぐにマジックをしてくれるはずもない。
ハンカチから出てくるハトも、
何度もトレーニングしなければ
手に止まってさえくれないのだ。

生放送で牛を出現させるマジックをしたことがある。
牛といってもまだ小さな子牛だった。
カメラの前に大きな布を広げ、
「ワン、ツー、スリー」
などと言っている間に、
ステージ後方に隠していた子牛を布の裏側に入れる。
布を取り払うと、
見事に牛が出現しているという寸法だった。
早朝から何度もリハーサルを繰り返した。
子牛は従順そのもので、飼い主のおじさんに引っ張られると
素直に布の影に入った。
ところが本番になると、子牛はなぜか四肢を踏ん張って
一歩も動こうとしない。
布を取り払うと、必死の形相で
子牛を引っ張るおじさんが映っていた。
ディレクターがぽつりと、
「牛は本番に弱いのかねぇ」
そうつぶやいた。

犬はマジックを完璧にこなしてくれる動物だ。
もちろん、何度も練習はしなければならない。
その練習の度に、犬はしっかりと段取りを覚えてくれる。
練習すればするほど、行動は正確で俊敏になる。
まず表の扉から箱に入る。
扉が閉まったら、すぐに箱の奥の秘密の扉を開けて
ステージ後方のカーテンの裏にもぐり込む。
ステージ前面の、犬が入っているはずの箱を開けると、
犬は消えている。
もうひとつの箱を開けると、
カーテンの裏側を走って箱に飛び込んでいた犬が
出現するというわけだ。
本番の緊張もなく、嬉々として
瞬間移動マジックをこなしてくれる、
犬はマジシャンの心強いパートナーなのだ。
むしろ、人間の方が段取りを忘れて狼狽し、
犬の後を付いて行ったりして、どうにも情けない。

私の子供の頃のパートナーだった猫は、
車に轢かれて遠くに逝ってしまった。
今年も秋は深まってきたが、猫のお土産はもう届かない。

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2011-10-23-SUN
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