MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『かっこんとう医者』

落語の中に、葛根湯医者というのが出てくる。
葛根湯というのは漢方薬の一種で、
飲めば体が温まり、
効き目穏やかな薬であるらしい。
副作用が少ないので、
とにかく葛根湯ばかりをすすめる医者を
葛根湯医者と呼ぶらしい。

「ふむふむ、頭が痛いとな。それは頭痛じゃな。
 葛根湯を飲みなさい」

「ふむふむ、腹が痛いとな。それは腹痛じゃな。
 葛根湯を飲みなさい」

「ふむふむ、足が痛いとな。それは足痛じゃな。
 葛根湯を飲みなさい」

とにかく、来る患者の誰にも葛根湯を飲ませて
治療を済ませてしまう。

「おや、そちらの方は、どこがお悪いのかな?」

「いえ、あっしは、こいつが足が痛いてんで、
 おぶって来たんでさ」

「そうかい、付き添いじゃな。
 退屈じゃろう、葛根湯をお飲みなさい」

ずいぶんとのんびりした診療ぶりながら、
なんだか心は穏やかに癒されそうに思ってしまう。

現代では、名医なのにどうにも口の悪い先生がいる。

「ははぁん、悪いのは頭じゃろ?
 診てすぐ解るわい。
 なに? 頭じゃなくて腹の具合が悪い?
 悪いんじゃなくて黒いんでないかい、腹黒病じゃ。
 がはははは」

などと、もう言いたい放題治療。
それでも治療は確かで、痛みはすぐに治まってくる。
だが、体は回復しても心は確実に傷ついてしまうのだ。

頻繁に通院して心を傷つけられたくないので、
私は普段から病気にならないように留意している。
そこで私はふと思ったりする。
ひょっとすると、先生の口の悪いのは
患者自身が健康になろうと不断の努力をするように
仕向ける、それが狙いなのではないか。

そんな訳ないか。

ネット上にも、様々な治療法を売る宣伝が溢れている。
近視、乱視、遠視が治る治療法があり、
1万円から3万円ほどで紹介すると書かれている。
金額も、これで近視や遠視が治るなら
安いと思わせる額ではないか。
他にも、メタボ、腰痛、痛風、
肝臓などの治療法などがある。
更に薄毛対策、バストアップ、小顔になる、
ウェストが引き締まる方法に、ミニロトで儲ける、
金運アップで金持ちになる方法も紹介している。
英語が一気に上達、韓国語を10日でマスター、
驚異的にゴルフがうまくなる、
ピアノ、ギターがすぐにプロ級になる方法など、
まさに頭のてっぺんから足のつま先まで、
人間の持つ悩み、痛み、欲望のすべてに対応している。

ネット医療とでも呼べばいいのだろうか。
藁にもすがる人も多いはず、思わず注文をクリックすると
葛根湯が送られてきたりして。

「なになに、マジックがうまくなりたいとな。
 葛根湯をお飲みなさい」

マジックが大好きなお医者さんがいる。
そりゃもう、診察中でもマジックのことばかり考えている。
患者さんのお腹を触診しながらも、

「うん?
 こりゃぁ良い(マジックのアイデア)かもしれんなぁ。
 あぁ、でも(タネがバレそうで)ダメだな」

お気の毒に、患者さんは自分の体のことだと思って
先生のつぶやきに一喜一憂するのである。

私が診てもらった時、先生はいきなり机の引き出しから
トランプを出し、

「小石くん、この間考えたんだけれどね、
 1枚引いてごらん」

私はお腹が痛くてたまらない。
トランプなど引いて覚える余裕などなく、
一刻も早く治療してほしいのだが、
先生は更にマジックを続けようとする。

仕方ない、私が先に先生に診断を下したのであった。

「先生、本当にマジックがお好きなんですね。
 もう、かなりの重病、不治の病です」

先生は屈託なく笑って、

「おぉ、さすが小石くん、先生に先制攻撃かぁ?
 あはははは、面白い。
 それはともかく、ねぇ、引いて」

医は仁術ならぬ、医は奇術なのであった。

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2011-10-02-SUN
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