MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『寡黙なアシスタント』

マジックといえば、燕尾服を着た人が
ハンカチからハトを出すものというイメージが
定着している。

マジシャンは、ハンカチの裏表を見せる。
ハンカチには、何もないようだ。
そのハンカチを胸の前で揉むと、中から白いハトが出現し、
勢いよく羽ばたいている。
それまで様々な物体を出現させるマジックはあったが、
生き物を出現させるマジックは初めてであった。

ハト出しマジックは、
メキシコのマジシャンがタネを思いつき、
技法を考案したと伝えられている。
そのハト出しというマジックを芸術にまで高めたのが、
チャニング・ポロック(1926〜2006)である。

観客が、その完璧なまでに不思議で美しいマジックに
熱狂したのは当然だが、世界中のマジシャンも
魅了されてしまった。
多くのマジシャンが彼のマジックを真似て、
世界中にハトを出すマジックが広まった。

『ヨーロッパの夜』という映画が日本で上映された。
この映画の中に、チャニング・ポロックの
ハト出しの全てが収められている。
なんせビデオのない時代、日本の多くのマジシャンは
映画館に通い詰め、何度も彼の演技を見て覚えたのだった。
日本のマジシャンの誰もが、競ってハト出しマジックを
演じるようになってしまったのだ。
だが、今に至ってもチャニング・ポロックの
ハト出しの美しさは別格のままである。

さて、マジシャンが使っているハトであるが、
これは銀バトという種類のハトである。
公園やお寺の境内にいるハトとは別の種類のハトなのだ。

「すごく小さくなって、どこかに隠しているんでしょ?」
などと聞かれることが多い。
「実はね、マジシャンは背中に木の棒を付けてるんですよ。
 そこに何羽かハトが止まっててね。
 マジシャンが豆を手に乗せると、
 背中から飛んでくるんですよ」
私は、常にそう説明している。
 
確かにやや小さいハトではあるが、
カナリアなどの小鳥のように小さくはない。
普通のハトよりは若干小さいという程度である。
小さめなのだが、白い羽を羽ばたかせると
実に大きく綺麗に見える。

銀バトはマジックの、マジシャンの
最適のアシスタントになったのだ。

その後、ビルマ大サイチョウという、
巨大なくちばしを持つ鳥を出現させるマジシャンも現れた。
マジシャンは巨大な袋のようなものを観客に示し、
「何も入ってません」
と宣言するのだが、袋はしきりに動いている。

明らかに、何かが袋の中で暴れている。
すると、観客の誰もが思った通りの大きな動物、
ビルマ大サイチョウが袋から
のっそりと出てくるのであった。
観客は不思議さに感心するのではなく、
ビルマ大サイチョウのくちばしの大きさに
驚嘆するのであった。

信じられないことに、ヘビを出すマジシャンも現れた。
始めは普通にハンカチからハトが出現する。
数羽が出現した後、マジシャンは同じように
ハンカチを丸める。
誰もが、再びハトが出現すると思う。
ところが、あまりに唐突に、
ハンカチからヘビが出現するのである。

白いハトがハンカチの上で羽ばたくと思いきや、
黒いヘビがハンカチから
ヌルヌルと垂れ落ちてくるのだった。

ファンタジーから悪夢へと、舞台は急変するのである。
「天国と地獄を同時に生々しく表現する、
 シュールな生命のドラマ」
などと深読みできなくもないマジックであるが、
直ちに止めてほしいマジックでもあった。

更に驚くことに、何匹目かのヘビは
客席に投げ入れてしまう。
客席はパニックになるのだが、実は投げ入れるヘビだけは
ゴム製のオモチャなのだ。
実に巧妙ながら、悪趣味極まるマジックなのであった。

動物マジックといえば、やはりラスベガスで
ロングラン公演をしていたジークフリード&ロイの
ホワイトタイガー・ショーであろう。

彼らのショーには何頭もの猛獣が出現する。
中でも出色なのがホワイトタイガーである。
ホワイトタイガーは箱に入れられ宙釣りにされる。
その箱は煙とともにバラバラに分解されてしまう。
箱に中にいたはずのホワイトタイガーは、
なんと観客の目の前に瞬間移動するのであった。

何度見てもその不思議さと迫力に圧倒される、
ラスベガスでチケットを得にくい人気ショーであった。

彼らのショーは、2003年に突然幕を閉じた。
あの長く従順であったホワイトタイガーに、
ロイが首を噛まれてしまったのだ。
ロイは一命を危ぶまれるほどの重傷となり、
長期の入院生活を余儀なくされてしまったのだ。

誰もが、やはりホワイトタイガーも猛獣であり、
恐ろしい一面を持っていると再認識したのだった。

ところが、
「ロイがバランスを崩して
 ステージから落ちそうになって、
 それをホワイトタイガーが助けようとしたんだよ」
と唱える人が出てきた。

親猫が子猫を運ぶ時のように、
倒れ落ちようとするロイの首を
ホワイトタイガーが口で支えようとしたのだろうか。

ロイは、懸命のリハビリによって
順調に回復をしているという。
そのロイ自身が、
「ホワイトタイガーは、僕を助けようとしたんだ」
と述べている。

今に至っても、ホワイトタイガーは
銀バトと同様に何も語らず、
マジシャンの愛すべきパートナー、
寡黙なアシスタントのままである。

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2011-09-25-SUN
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