MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『旅の途中』

<旅その1>

小さな旅に出た。

新宿から中央線にちょっと長めに揺られると、
目的の駅に着いた。

少し駅の周辺を歩いて、
美味しそうな蕎麦屋を探す。
見知らぬ土地を歩いて、
絶品の蕎麦屋に巡り会える幸運を願う。

だが、あまり美味しいのも困る。
美味過ぎると、蕎麦代の何倍かの電車賃を払って
蕎麦を食べに来るという、
なんとも贅沢な旅をしなければならなくなる。
それも大変だ。
ゆえに、ほどほどの蕎麦をと願いつつ
一軒の蕎麦屋に入った。

期待に違わず、見事なまでににほどほどの蕎麦をいただき、
ほどほどに満足しつつホールへと向かった。
今回は、若手の落語家さんたちの会の
ゲストに呼ばれていて、

「マジック界の大物、奇術界の大御所でございます、
 てなご紹介を考えておりまして。いかがでしょうか?」

とのことであったが、

「まだやっている、大物ではないが
 間違いなく大御所をお招きいたしました」

という紹介でよろしくとなった。

ひとりで頭を回す
『ひとり・ぐるぐるイリュージョン』などを
披露するとともに、私の師匠である
初代・引田天功先生を語って45分ほどの高座を努めた。

帰りの電車のなかで、しばし今日の高座の余韻に浸る。
座布団に座って、日本人が日本語をしゃべるというのが
落語だ。
それなのに、面白さ楽しさ豊かさ深さに
雲泥の差ができたりする芸である。

落語家修業というものも、旅のようなものかもしれない。
自分の家を出て、師匠のところへと旅に出る。
師匠とともに、また旅をする。
そうして長く遠くを巡り、旅先の滋養を身に溜めて
再び自分の家に帰ってくる。
旅で身につけた多くのものを、時間をかけて自分だけの
ものに仕立て直さなければならないのだ。

マジックも、始めは師匠の模倣をしながら、
最後には自分だけの味を醸し出さなければならない。
そうじゃないと、
「師匠の芸を、ちょっとつまらなくした芸だねぇ」
などと言われてしまう。

「私もまだ、旅の途中かなぁ」

ぼやくように、つぶやくように。


<旅その2>

大阪へ向かう。
日帰りなので、荷物は軽い。

最近は、どこの仕事でも日帰りばかりだ。
北海道でも鹿児島でも、早朝に向かって
夜には羽田に戻るスケジュールだ。

沖縄も例外ではない。
羽田から2時間半ほど飛行機に乗り、
現地に着いて30分ほど仕事をこなし、
再び2時間半の空の旅なのだ。

那覇空港から乗ったタクシーの運転手さんが、

「へ? 今日帰る?
 来たばっかりなのに?
 あの、何しに来たの?」

私だって、何しに来たのか定かには分からない。

新幹線に乗り、駅ナカで買ったハンバーグ弁当を食べた。
いつもなら、窓の景色を眺めながら美味しく食べるのだが、
今日はあいにくと台本が気になる。
なんせ、セリフがきっちりと決められていて、
他の出演者との
やりとりも綿密に書きこまれているのだ。

弁当を食べつつ、台本のセリフを目で追う。
弁当は消化できるが、セリフはちっとも消化できない。

新大阪に着き、タクシーで目的地に向かう。
街角で『上等カレー』という店を発見した。
はて、どんなカレーなのだろう。
やはり、
「あぁ、上等な味がするなぁ」
と唸るような美味しいカレーなのだろうか。
あれこれ想像するも、タクシーを降りることもできない。

収録は思ったより順調に進み、苦情もなく終わった。
少し急いで片付け、再びタクシーで新大阪に向かう。
駅に着いて10分後には新幹線の席に座り、
ふぅとため息をひとつ。

まん丸の月が車窓に見える。
もう台本のセリフを覚えなくていい、
月を愛でながらひとつ俳句でも捻ろうと思う。

だが、まるで浮かばない。

「名月を 旅のお供に ひとり酒」

ぶつぶつとつぶやいていると、
侘しいうえに腹が減ってきた。

どの辺りだっただろうか、

「ただ今、JR東日本管内に入りましたため、
 空調の温度を上げさせていただきました。
 皆さまにはご了承のほど、お願いいたします。
 節電へのご協力、誠にありがとうございます」

というようなアナウンスが聞こえてきて、
急に現実に引き戻される。

「節電の お陰で月は 煌煌と」

つぶやくように、ぼやくように。

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2011-09-18-SUN
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