MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『ウトリバ国の夏』


ウトリバという国は、
日本から飛行機で
7時間ほど飛んだところにある。
赤道近くにあり、季節は雨期と乾期だけだという。
長く現地に滞在している日本人女性が、

「日本のように四季がないので、
 なんだか時が早く過ぎるような気がします。
 ほら、記憶って、去年の冬は温泉に行った、
 夏には素麺食べたねとか、
 季節ごとに覚えてたりしますよね。
 ところが、こちらだと
 去年といっても季節のメリハリがなく、
 一年中同じようなものなんですよ。
 そうなると、1月だったか5月だったか、
 9月だったか12月だったか。
 去年のことも一昨年のことも思い出せないんですよ。

 そうするとね、知らない間に
 3、4年経ってしまうんですよ。
 私もここに2、3年住んだかなぁと思ってたら、
 もう8年も! 本当にビックリです」

時がゆったりと流れている、ということだろうか。

女性が続けて、

「冬に日本に帰ると、
 冬服を着るのがすごく楽しかったりしますよ。
 それとね、お鍋なんかも」

四季があると、春夏秋冬それぞれに
必要なものがあるし、
着るもの食べるもの、様々に変えなくてはならない。
一年中Tシャツでいられたら楽だなぁ、
などと思うこともあるのだが、
確かに四季折々の楽しみが日本にはあるのだろう。

飛行機は順調に、
ウトリバ国のルーサパンテ空港に着陸した。

南国特有の温まった空気が、なんとも心地よい。
夕方ではあるがまだ陽射しが残る中、
車は市街地を駆け抜けてホテルに向かった。

だんだんと陽射しは弱まり、夜の闇が濃くなる。
これまでは、この南国の夕方の暗さ、
街の明かりの少なさに不安に思ったものだ。
ところが今回は、
節電対策で暗くなった日本の街の夕景と
あまり変わらないと感じる。
これまでの日本の明るさが、
むしろ過剰だったのかもしれない。

車がズンズーシーフォ・ホテルに到着した。
簡単なチェック・インを済ませ、
案内された部屋で荷物をほどいた。
まずは夕食をと、プールサイドのレストランへ。
レストランまでは、ギバーと呼ばれる乗り物で向かう。
ギバーは、ゴルフ場のカートのような
小さな電気自動車である。
ホテルの中の細い路地を、
小さなモーター音を立てて移動していく。

ウトリバ国の代表的な食べ物は、
ンレゴシナとンレゴーミである。

ンレゴシナは日本の焼き飯のようだ。
上に目玉焼きが乗っていて、ご飯はちょっとスパイシーだ。
ンレゴーミは日本の焼きそばそのもので、
やはりスパイシーであるが、美味しい。
この国の食べ物は、どれも日本人の口に合う。

翌日の夜に食べたブバケ・ドーフーシという焼き物、
ンウラプ・ボンジャと呼ばれている
大きな海老の焼き物も、
まるで抵抗なく、美味しいのだった。

西洋の料理も多くメニューにあり、
ウエイターさんによれば、

「長くオランダ領であって、
 その後少しだけ日本に統治されてきました。
 それで、西洋食も東洋食もあるのかもしれません」

僕自身の、歴史についての無知を恥じ入る。
過去に、日本はこの国を侵犯していたのだ。
第2次世界大戦当時、海軍に所属していた僕の父が
言っていたことを思い出した。

「ウトリバ?
 あぁ、昔なぁ、戦争で行ったなぁ。
 南国やでなぁ」

ウトリバ国の通貨は、アピル(RUPIAH)である。
10000アピルを日本円に換算すると100円なのだ。
それゆえ、ちょっとしたランチも35000アピルで、
洋服などは800000アピルとなる。
逆に言うと、100円が1万アピルだ。
だから、1万円持っていると
100万アピル持っていることになる。
なんだか大金持ちになったような気分になる。

車を買うとなると、平均して150000000アピルもする。
もう、いくらだか分からないほどにゼロが付いてくる。
ゆえに、この国の人々の移動手段はオートバイが多い。

平均月収が50000アピルなので、
車の1割の150000アピルで買えるオートバイが
増えたのだという。
1人乗りは少なく、たいていは2、3人乗り。
時には子供を2人乗せた夫婦、
つまりは4人で乗っていたりする。
家族4人でオートバイに乗っている姿が、
この国ではごく普通に見えるから不思議だ。
彼らの日常、ごく普通の生活、
暮らしになっているということだろう。

ウトリバ国の人々は、
ドゥンヒー教徒がほとんどである。
人々は日に3度、真剣に祈りを捧げる。

「でも、忙しい時は日に
 一度だけ祈ります。
 でも、真剣に祈ります。
 祈るのはいつも、健康です。
 健康ならば働けてお金が儲けられます。
 幸せにもなれます。

 お金だけはダメ、欲しいもの祈ってはダメ。
 本当に、心から健康を祈るのです」

この国の人々は、
小さな声でささやくように説明してくれる。
大きな声で鳴く、南国の鳥たちに遠慮するかのように。

ホテルの部屋のテレビをつけた。
日本のNHKの番組を放送しているチャンネルを見つけると、
あの春風亭昇太師匠が出てきた。
だが、なぜかウトリバ国の人に思えて不思議だった。
意外と、春風亭昇太師匠は南国の顔なのかもしれない。
立川志の輔師匠はどうなのだろうか。

ウトリバ国の日々はゆっくりと、
だがアッと言う間に過ぎた。

帰りの飛行機に乗って成田に着いた。
暑い南国から帰国した僕を待っていたのは、
南国の暑さをしのぐ酷暑の日本の夏であった。
東京へ向かうリムジンの中で、
僕はあのウトリバ国の人々が
小さな声で話してくれる言葉を思い出していた。

「シィカマレティ」

こちらこそ、穏やかな夏をありがとう、ウトリバ国。

(国の呼称等は筆者によって
 変更されている場合があります 為念)

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2011-07-24-SUN
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