MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『続・ぐるぐるマジックと缶詰料理ショー』


車は市街地を抜け、
海岸に向かって走っている。
行き過ぎる家々の外壁に、
汚泥でできた黒い筋が見える。

「この辺はあのあたりまで水が来たんですね。
 腰の高さくらいですかねぇ」

Gさんの説明に、あらためて被災地に来たことを
実感する。

橋が見えてきた。
建物はかろうじて無事に建っていた市街地から、
ガレキだらけの光景が広がる海沿いに来たのだ。

家屋は所々に建ってはいるものの、
どれも傾いたり半壊したりしている。
本来在ったところから移動してしまった家屋も見える。

車が橋を渡った。
先を行く車のタイヤが乾いた汚泥を巻き上げ、
黄色い砂埃が舞う。
砂埃を透かして、見渡す限りの廃墟が広がっていた。
テレビで見た、あの凄まじい光景が
目の前に広がっている。

陸に打ち上げられた船、折れ曲がった鉄筋、
骨組みだけになった建物。

先導してくれていたSさんの車が
大きな建物の前で停まった。
建物の向こうは、もう海だ。

「この辺は、泥と油が混じっているので、
 滑らないように気をつけてください」

道は所々黒い油でぬかるんでいる。
海水と汚泥と腐敗した魚、それに揮発した油、
それらが交ざって強烈な臭いがする。
始めは堪え難く不快な臭いと思うが、
一方で、この臭いは
ここで息絶えた生き物たちのあえぎとも思えてくる。

僕たちは東京から積んできた支援物資を
車から降ろしにかかった。
大量に積み込んだはずの支援物資も、
屋根が残っただけの倉庫に降ろすと、
あまりの小ささ少なさに愕然とする。
100人が待っているのに、
たったひとり分しか持ってこなかったような気持ちになる。

倉庫にある缶詰を、車に積み込む作業を開始した。
6、70個ほどの缶詰が入った発泡スチロールの箱が
20箱ほど並んでいる。
泥だらけでラベルも剥がれてしまった缶詰たちは、
今はきれいに洗われて黄金色に光っている。
僕らはこれらを東京に持ち帰り、
多くの方々に買ってもらう活動を続けている。
その売り上げは、すべて義援金となるのだ。

張られたロープをくぐって、
僕らは倉庫の中へと入った。
ガレキと汚泥の巨大な黒い山、
その中に缶詰はまだ数万埋まっているという。

「倉庫に整然と積まれてたんですけどね、
 まぁ、一気に流されて。
 向こうの壁だけは残ったんで、
 そこにたまったんですね。
 右と左の壁は壊れて、
 そこから相当遠くまで流されたものもあります」

あまりに大きく黒い汚泥の山に、
缶を掘り出す気力が失せる。
人の手には、この黒い山は堅く重く大き過ぎるのだ。

「もう、とんでもない臭いがしますよね。
 でも、今日はまだマシなんですよ。
 風が弱いから、砂埃も少ないし。
 風吹いて砂埃と臭いが交ざると、
 もう目も開けられないし
 呼吸もできないくらいですよ」

僕はなぜか芭蕉の、
『旅に病んで夢は枯野をかけ廻る』
を思い出していた。
病んでいるのはこの枯野のような石巻か、
それともあまりの惨状に立ち尽くしている僕なのだろうか。

まさに、目の前の光景は枯野なのだ。
完成していたジグソーパズルを逆さまにひっくり返し、
山のように盛り上げたようだ。
しかも、そのピースたちは汚泥に濡れて乾き固まって、
もう元になど戻りそうもないように思える。

周辺は人の住んでいた気配などまるで感じないのだが、

「あの、柱だけになってるところ、
 あれ、コンビニだったんですよ」

ほんの少し時間を戻せば、ここは人々が普通に働く
日常があった場所なのだ。

目の前の光景が現実のものと思えないのは、
音がないからだろうか。
300メートルも流されたという巨大なタンク、
折れ曲がった鉄骨、ガレキが沈んでいるであろう
薄茶色の海も、
ただ静かにそこにある。
音もなく、すべての活動を停止し、
まるでオブジェのように、ただそこにある。

それでも時の移ろいを感じさせるのは、
この臭気を含んだ暖かい空気だ。
テレビの映像で見た、ガレキに降る雪はとうに消えて、
東北にもすぐに暑い季節がやってくることを思わせる。

「じゃぁ、そろそろ行きますか。
 高速はこの道をまっすぐ行けば乗れますから」

Sさんに見送られて、
車は再びガレキの真ん中の道を走り出した。

道の右手の広場に、筒に入れられた花が点在している。

「あそこに、亡くなった人たちを土葬してるんです。
 こんな道路のすぐ脇だけど、
 あそこに埋めるしかなかったんでしょうね」

ガレキ、骨組みだけになった建物、
陸に乗り上げてしまった巨大船、ひっくり返った車、
亡骸が土葬された広場、
様々な光景が車の振動音だけをBGMにして流れて行く。

ふと、ほんの数時間前の皆さんの笑顔が浮かんできた。
僕の本当にゆるいマジックに、
それでもとびきりの笑顔で応えてくれた人たち。
ほんのひと時ながらも、
地元の人たちと楽しい時間を共有できたと思う、思いたい。

車は高速道に入り、スピードを増した。

「福島まで、だいたい2時間くらいですかねぇ。
 宿に着くのは8時過ぎ、かなぁ」

黒川さんが、今回の東北ツアーの日程表を見ながら
言った。

「僕にいったい何ができるというのか?
 マジックなどしてる場合なのか?」

抱いている自問への答えはまだおぼろげのまま、
車は次の目的地に向かってひた走っている。

            (更につづく)

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2011-06-05-SUN
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