MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『ふたたび、僕の失敗』


『グーの失敗』

まだ仕事を始めたばかりで、右も左も、
ついでに上も下も分からなかった頃のことである。

僕たちの仕事場は夏祭り会場の仮設ステージであった。
ただでさえ暑いのに、この日は雲ひとつない快晴、
僕たちは汗だくになってステージを務めた。

終了してやれやれと控え室に戻った。
すると、

「あんたたち、面白いねぇ」

そう、声をかけるおじさんがいた。
おじさんは続けて、

「オレぁ、このすぐ隣の町の役員なんだけどさぁ、
 ここと同じように夏祭りやってんだよ。
 でね、急な話で申し訳ないんだけど、
 あと1時間くらい後でウチの町内の人にも
 マジック見せてやってくんないかなぁ」

実にありがたいお話ではないか。
すぐお隣の町ならば移動も楽だし、
掛け持ちとなればその分ギャラも増えるだろう。
そう思う僕の心を読んだかのように、おじさんは、

「ギャラはめいっぱいでこれだけど、いいだろ?」

右手をじゃん拳のパーにして、
僕の顔の前に広げた。

僕らは慌ただしく車で移動、
隣の町の夏祭り会場に着いた。
すぐさま出番はやってきて、
大勢のお客さんの前でマジックを披露した。
ステージを終えると、
おじさんが拍手をしながらやってきた。

「ありがとう、ありがとう。
 じゃぁ、これ」

白い封筒を僕に手渡した。
荷物を片付けつつ、気になる封筒の中を見てみた。
すると、5千円札が1枚入っているだけであった。

あの時、確かにおじさんは右手をパーにして見せた。
僕はてっきり、それを5万円と思ってしまった。
それが5千円ぽっきり。
経費を引いて二人で分けると
残りは千円にもならない。
おじさんを捜して会えたとしても、
僕の勝手な思い込みと言わればお終いだ。
僕はおじさんのパーを思い出し、
もう会うこともないおじさんに向かってグーを出した。


『モウロウの失敗』

風邪を引いてしまった。
風邪薬を飲んだのだが、どうにも熱っぽい。
更に、薬のせいで睡魔が断続的に襲ってくる。

だが、ステージはすでに始まってしまった。

「は〜い、皆さん、ひとつマジックを教えましょう。
 よ〜く見ててね。
 実は、こうなってるんです。簡単でしょ」

続けて、

「では皆さん、覚えて帰ってくださいね〜」

と言うところを、意識がモウロウとなって、

「では皆さん、帰ってくださいね〜」

と言ってしまった。
客席のいちばん奥で見ていた主催者が、

「まさか、もう終わり?」

焦っている顔が見えた。


『交渉に失敗』

マジシャンが登場するドラマがあり、
制作会社から指導を依頼された。

ただマジックを教えるだけではなく、
俳優さんがいかにもマジシャンらしく見えるよう、
仕草も含めて教えなければならない。
ドラマの演出家が頭の中で思い描いている
マジシャン像に仕立て上げるのが、今回の僕の仕事なのだ。

俳優さんはすごいなぁと、いつも感心する。
指導を始めてすぐに、
もうベテランのマジシャンそのものに
なり切っているではないか。
もちろん、マジックのテクニックは
まだまだ身に付いていない。
それなのに、雰囲気はベテランのマジシャンの妖しさを
漂わせているではないか。

収録が無事に終わり、
馴染みのプロデューサーがやってきた。

「小石ちゃん、ありがとう。演出が喜んでるよ。
 すごく良いってさ」

続いて、いつもの演出協力費の交渉が始まった。

「小石ちゃん、今回はどこまで行きたい? 」

このプロデューサーは、協力費の値段を
新幹線の切符の値段で交渉するのだ。
僕はすかさず、

「今回は大変だったので、すいません、沖縄まで」

「小石ちゃん、新幹線は沖縄まで行ってないよ。
 名古屋までだね」

「待ってくださいよ。
 博多まで行ってますよ」

「分かった。
 じゃぁ、今回はがんばって大阪まで」

どうやら、今回も
このプロデューサーの手練手管に負けてしまいそうだ。
でも、この負けはあれこれ学ぶことが多くて、
なんだか楽しい負け、失敗だ。

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2011-05-01-SUN
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