MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

忘れたいのに忘れられない、あの日の苦い経験。
できることならもう一度、やり直させてほしいあの一瞬。
ということで今週のお題、

『僕の失敗』


『ウケたけど失敗』

様々な事業で成功を収めているという、
Wさんと出会えた。
Wさんはマジックが大好きで、
毎晩のように銀座のクラブで
プロ級のマジックを披露し、
女性たちをビックリさせている。

そんなWさんの行きつけのクラブが、
翌週に5周年を迎えるのだという。

「ねぇ、記念の夜にナポレオンズさんと
 Wさんのマジックを
 お願いできないかしら?」

ママのお願いにWさんは、

「よっしゃ、
 お祝いにナポレオンズのギャラはオレが出すよ。
 ついでに、定期的に
 ナポレオンズとオレのマジックショーをここでやろう」

実にありがたいお話、
Wさんは良いスポンサーになってくれそうだ。
僕は、頭の中でいやらしく算盤をはじき始めた。

5周年の夜がやってきた。
まずは僕らのマジックショー、
なんだかやたらウケる。
調子に乗り、僕のしゃべりも爆笑を誘う。
最後のマジックの不思議さには、
絶叫さえ聞こえてきた。

やれやれ良かったと、
袖で出番を待っているWさんの様子を伺うと、
Wさんは怒っていた。
相当に不機嫌な表情で僕を睨みつけている。

そこで始めて気付いた。
今日の僕らは、あくまでWさんの
引き立て役でなければならなかった。
後に出るWさんのマジックを良く見せるためには、
僕らは絶対にウケてはならなかったのだ。
やばい、しまったと思ったけれど、
時すでに遅し。

あの夜以降、Wさんからの電話は途絶えたままだ。


『温かいから失敗』

寒さ厳しい2月のある日、僕は稽古場に向かった。
1階の広いフロアーに、
4面がアクリルでできた水槽がある。
水槽にはすでに水が満たされ、
マジシャンを迎え入れようと
水面が静かに揺れている。

水が張られた水槽に、
マジシャンが手錠を掛けられたまま沈められる。
重い蓋が閉められると同時にカーテンが降り、
中の様子は観客に見えなくなる。

3分タイマーが動きだし、
水槽の中でもがいているのか、
バジャバシャという水の音だけが聞こえてくる。
タイマーはすでに残り30秒を切り、

「脱出は失敗だ!
 カーテンを上げろっ!」

誰かが大きく叫び、すぐさまカーテンが上がる。
すると、水槽の蓋の上に
びしょ濡れになったマジシャンが
立っているではないか。

マジシャンの髪から、ポタポタと水滴が落ちている。
背中側から照明が当たり、
まるで後光が射しているかのようだ。
水滴はキラキラと輝きながら落ち続けていて、
マジシャンの表情はうかがえないままだ。
だが、観客はマジシャンの苦しそうでいながらも
晴れやかな笑顔を想像しつつ、絶賛の拍手を送り続ける。

これこそが大掛かりなイリュージョン、
マジックの華とも称される
『恐怖の水槽大脱出』なのである。

この『恐怖の水槽大脱出』を演じるマジシャンに、
なぜかこの僕が指名されたのである。

「さっそくだけど、水着に着替えて入ってもらおうか」

僕の怯えを見透かすように、プロデューサーの冷たい指示が
稽古場に響いた。

水着になると、寒さで体が自然と震えてくる。
この状況で水槽に入らなければならないのだ。
僕は水槽の水を手ですくった。
冷たい、とても冷たい。
僕はたまらずスタッフに懇願した。

「この冷たい水じゃ、
 本番の前に風邪引いてしまうよ。
 半分お湯を足して温めにしてくれる?」

温かいお湯が満たされると、
水槽から気持ち良さそうな湯気が立ちのぼる。

「中のお湯が透明だとカメラに映りにくいなぁ。
 おい、お湯に色を付けられないか」

プロデューサーの指示にスタッフが素早く反応し、
お湯に色付きの入浴剤が入れられた。

「ようし、これで完璧だなぁ。
 小石ちゃん、やってみよう」

僕は意を決して水槽に身を沈めた。
蓋が閉められ、カーテンが降りてきた。
水槽はまるでお風呂のように温かく、
入浴剤のいい香りが漂う。
冷えきった体が温まってくる。
僕は心の中でひとりごちた。

「いい気持ちだぁ。
 これじゃぁ、
 とても3分で脱出などできないよ。
 水槽大失敗だ」

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2011-04-24-SUN
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