MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『こんな日もあり』


暖かい日。
長野県の山里に着いた。
今日は、地元開催の寄席に出演するのだ。
寄席であるから、当然トリは
東京からご一緒した落語家さんであると思った。
ところが、
「ナポレオンズさんが最後、トリでお願いします」
とのこと。

ずいぶん以前のことだが、
ある高校のイベントに出演した。
いわゆる、学校寄席というものである。
担当の先生が、

「□□師匠が先に出ていただいて、
 トリはナポレオンズさんで」

すると、□□師匠が私たちの楽屋にやってきて、

「伝統芸能を生徒に学ばせるのが学校寄席なのに、
 手品師がトリっていうのは
 伝統でも何でもねぇや」

と、不機嫌につぶやかれたのだ。
その事を思い出し、
今回ご一緒の落語家さんの表情を凝視してしまった。
私の心配は杞憂だったようで、
落語家さんは柔らかな笑みをたたえたまま、

「お先でございます」

ゆっくりと高座に上がっていった。


寒い日。
新宿から電車に乗って、仕事に出かけた。
席についてまず、手帳に席の番号を書く。
『8号車14番A、◯◯駅8:00発 △△駅まで』
という具合だ。

私は電車に忘れ物をすることが多い。
それで、まずは手帳に
どの席であったかを書き留めておくのだ。
忘れ物をした時、
「8号車の14番、Aの席に座ってました」
と説明すると、係の方がすぐに席をチェックしてくれる。
もちろん、忘れ物をしないようにするのが
一番とは思う。

だが、早朝の出発だったりすると車内で眠りこけて
しまい、寝ぼけたまま下車してしまうこともある。
ゆえに、忘れ指数が上がってしまうのだ。
手帳のお陰で、私の忘れ物は必ず帰ってきてくれる。
もっとも、私の忘れ物は
実に怪しいマジック道具ばかりである。

拾った人はいぶかしんで、
必ず車掌さんに伝えるのかもしれない。


晴れた日。
横浜の関内ホールへ出かけた。
大勢の芸人さんが出演する演芸会の公開収録である。
楽屋は、私の敬愛するベテラン漫才師さんと一緒だった。
楽屋に師匠たちのファンが押し寄せ、
色紙にサインをねだる。

最後の女性が色紙を差し出し、
「ねぇ、『第三日曜日定休 店主』って、書いてよ」
師匠は戸惑いながらも、言われた通りに書き始めた。
横浜のどこかの街のスナックに、
漫才の師匠直筆の色紙が貼られているだろう。
肝心の師匠のサインはどこにもない、
不思議な色紙が。


休みの日。
近所のソムリエさんと日本酒を呑むことにした。
祖師谷大蔵の酒屋さんからいただいた、
希少なお酒である。
ソムリエさんと呑むと、
このお酒についてもあれこれ説明してくれる。
美味しいお酒を、より一層ありがたくいただけるのだ。

「日本酒も、ワイングラスで呑むといいですよ。
 グラスの、広がった部分まで注ぎます。
 その上の空間に香りが漂うので、
 香りも楽しめますよ」

なるほど、なるほど。
いつもワインを頼むと、
グラスの半分も注いでもらえない。
もっと、なみなみと注いでくれないものかと思っていた。
広がった部分までしか注がないのは、
その上に香りを留めるためだったのか。

感心しつつ、日本酒をワイングラスに注いで呑んだ。
ただ、ワイングラスで呑むと、酔う。
ワイングラスに半分以下とはいえ、
お猪口ならば3、4杯分はあろう。
それをソムリエさんと交互に注ぎ合い、
相当な量をクイクイといただいてしまうのだから。

酔っ払ってウトウトし始めた私の耳に、
ソムリエのありがたい言葉が聞こえてきた。

「小石さん、どんなお酒でも呑み過ぎると酔います」


めでたい日。
バレンタインデーがやってきた。
私にとっては、義理とか友とかいうチョコを
いただく日である。
別に心ときめく日でもないのだ。

それでも、バレンタインデーであることは意識する。
そんな日の朝、家の電話が鳴った。

「◯◯銀行ですが、本日、
 遺言セミナーを開催します。
 参加されませんか?」

バレンタインデーに遺言は相応しくないと思った。
昨年のクリスマスイブには、

「あのぅ、お墓、墓石はいりませんかぁ」

年老いた女性の声で、セールス電話があった。
私は、
「今日だけは、
 墓石のセールスはやめた方がいいですよ」
と言いかけたが、やめた。

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2011-02-20-SUN
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