MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『私は錬金術師である』


広辞苑によれば、

『錬金術(alchemy)
 古代エジプトに起り、
 アラビアを経てヨーロッパに伝わった
 原始的な化学技術。(中略)
 卑金属を金、銀などの
 貴金属に変化させることなどを試みた』

とある。

さて、現代の錬金術師を名乗る私は、
観客を前にして高らかに宣言する。

「マジシャンは何でも
 たちまち増やすことができます。
 さて、何を増やしてほしいですか?」

客席の子供たちが一斉に

「帽子」
「ぬいぐるみ」
「おもちゃ」
「ゲーム」

などと口々に叫ぶ。
私は情け容赦なく、

「子供たち、良く聞きなさいよ。
 そんなものは、親に買ってもらいなさい」

一方、大人たちは、

「お金」
「お金」
「お金」

私は、子供たちに宣告をする。

「ほら、大人になるということは、
 夢を失うということなのです」

「でも、ひょっとすると、
 お金で買える夢もあるかもしれない。
 では、そこの
 生活に困っているおじさんの
 お札を増やしてさしあげましょう。
 大丈夫、もし失敗してお札が消えてしまっても、
 私は必ず謝りますから。
 さぁ、心配しないで、お札を貸してください」

おじさんは財布から千円札を取り出して、
私に渡そうとする。

だが、私はあまり千円札を好きではない。

「おじさん、
 我が国にはもっと高額な紙幣があるのです。
 もっとカラフルで、もっと有り難いお札が」

渋々、おじさんは1万円札を取り出し、
渡してくれる。
私は喜び勇んで、

「そうそう、このお札ですよ、1万円。
 皆さん、人を見かけで判断してはいけないのです。
 この方はちゃんと
 1万円札を持っていらっしゃいました。
 立派な大人です。
 そうです、大人の見えの張り方を知っているのです」

私は、おじさんから借りた1万円札を
マジックで2枚の5千円札に変えて、

「これを専門用語で、両替と言います」

現代の錬金術師を名乗る私にも、
やはり限界というものが
あるのだった。

実は、1万円札を2枚の1万円札、
つまりは2万円にするマジックは可能なのだ。
ただ、現在のマジックの技術では
1万円を2万円にするために
2万500円ほどかかるという
重大な欠陥があるのだ。

ゆえに、私は時に早朝に起き、時に夜に出かけ、
労働という錬金術に勤しんでいるのである。

白く横長の紙をローラーに通すと、
長く繋がった1万円札になるというマジックがある。
仕掛けは単純で、
本物の1万円札を10枚ほど
テープで横に繋ぎ、
ローラーの中に入れておく。
同じ長さの白い紙をローラーに差し込むと、
本物のお札が押し出されてくるのだ。

あるマジシャンが寄席で
このマジックを演じていた。
初日から数日は白い紙が
10枚の1万円札に変化していたのだが、
後半になると1枚、また1枚と減り、
ついにはたった1枚、
1万円しか出てこなくなった。

「へへ、なんせ持ってた現金を
 全部このネタに仕込んだからさぁ。
 ご飯食べたり呑んだりするのに、
 この金を使うしかないしさ。
 昨日はここから家賃を払ったしね、
 へへへ」

マジシャンの錬金術は時に切なく、少し哀しい。

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2011-02-13-SUN
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