MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『人生は遊び場』


私は酔っていた。
落語家も、相当に酔っていた。
私が、ぼやいた。

「この間さぁ、NHKに行ったんだよ。
 天気良かったから
 自転車で行ったんだよ。
 でね、西玄関に置いといた自転車がさぁ、
 駐車場の奥に撤去されてたんだよ」

すると落語家、すかさず、

「小石さん、そりゃぁダメだよ。
 自転車にね、
 北島三郎と大きく書いておかなきゃ。
 そうすりゃぁ、撤去なんてされませんよ」

むむ、良いアイデアだ。
NHKの人も、まさかと疑いつつも
すぐに撤去などはできないだろう。
本物の北島三郎さんが出てきて、

「こらっ、私の自転車をどうするんだっ」

という可能性もゼロではない。
まぁ、八王子から自転車で来られることは
ありえないとは思うが・・・。


師走も迫ったある日、
私は大分に飛ぶことになった。
『東京名人会』というホール寄席に出演するためである。
今回も、落語家さんたちとの楽しい旅になるに違いない。

まずは、浜松町からモノレールに乗って羽田へ。
空港快速に乗ると、途中の停車駅は
新しく開設された羽田空港国際線ターミナル駅のみで、
以前に比べるとずいぶん早くなったような気がする。

羽田第2ターミナル駅に到着。
同行のアシスタントNくんからチケットを受け取り、
ゲートに向かう。
チケットには2次元バーコードなるものが
印刷されており、
持ち物検査場や搭乗の際には読み
取り機にかざさなければならない。
機内に持ち込むカバンの検査は、実に入念である。
同様に、機内に預ける荷物の検査もされる。
我々の大きなジュラルミンケースの中身が、
モニターに映し出された。

金属の輪が数本、スプーン曲げ用の
たくさんのスプーン、二重になった箱、
金属の棒が仕込まれたバラの造花、ゴムのハト、
伸び縮みするステッキ、長いロープ、ウサギのぬいぐるみ。
それに、バケツを2重底にしたような物体。
私も横からモニターを覗き込むのだが、
我がケースの中身のなんと怪しいこと。
私が検査担当であれば、すぐさま厳しく
再検査するところだが、
係の人は苦笑しつつも怪しいカバンを
すんなりと通過させてくれるのだった。

ずいぶん以前のこと、米国で数週間の公演をした。
帰国前夜のパーティで、友人マジシャンが
私のジャケットの中にスプーンを入れるという
いたずらをしたことがあった。
ジャケットの裏地を少しほどいて、
中にスプーンを入れて縫ってしまうという、
大変に手の込んだいたずらである。

翌日、私が空港の金属探知機を潜ると警報音が鳴る。
そこで、ベルトを外したり
ポケットのコインを取り出したりして
再度探知機を潜る。
それでもやはり、金属に反応して鳴るのであった。
私自身に思い当たる金属など皆無で、
仕方なくほとんどの衣服を脱いで
検査をしてもらうしかなかった。
同行のスタッフたちもモニターを見つめる中、
ジャケットの中にスプーンの影を発見、
係官に長々と良い訳をするはめになった。
今そんな騒ぎを起こそうものなら、言い訳など聞かず
逮捕されてしまうかもしれない。

さて、今回ご一緒するのは
柳家花緑師匠とお弟子さんの緑太くん。
花緑師匠はハイネックのセーターにジャケット、
仕立ての良さそうなグレーのコート姿だ。
ジャンパーにジーパンという我がカジュアルな服装が、
端正な花緑師匠の前ではちょいと恥ずかしい。

私たちの飛行機は、無事に大分空港に着いた。
空港からは大型チャーターバスに乗って
臼杵市に向かう。
高速道路を走るバスの中で、
花緑師匠がiPadでネット検索をしている。
どうやら、目的地である臼杵市の航空写真などを
見ているようだ。
これから訪れる街の情報を得て、
マクラでふれたりするのだろうか。
私もiPadを持ってきたのだが、Wi-fi機器を持って
いないので検索などはできない。
そこで師匠にお願いをしてみた。

「あのぉ、そのぉ、
 その師匠の電波、借りていい?」

心優しき花緑師匠は、

「あぁ、どうぞどうぞ。
 えぇっと、番号はこれです」

バスが本日の仕事場、臼杵市民会館に着いた。
私は花緑師匠の楽屋を訪れ、再び電波を借りた。

「これからちょくちょく、
 電波を借りに行こうかな。
 来週あたり、師匠の家の玄関先で
 僕がiPad持って立ってるかもしれませんよ」

私のジョークに、

「どうぞどうぞ、
 いつでもおっしゃってください。
 大歓迎ですよ」

花緑師匠はあくまで穏やかな笑顔の紳士なのであった。

立川志の輔師匠が高座で語っていた。

「落語というものは、何もない。
 何もないから、
 すべてがあるのでございます」

確かにそうなのだ。
座布団の上に座って、ただ噺をするだけだ。
ただそれだけで、限りなく広い世界を想像させ
実感さえさせてくれるのだ。

花緑師匠の落語が始まった。
もう1ヶ月もすればやってくる、日本のお正月の
華やかなにぎわいが脳裏に浮かんでくる。
縁日に連れてこられてはしゃぐ子供たち、
焼きそばや綿あめの匂い、
遠くから聞こえてくる笛や太鼓の音。
日本の、あの懐かしいお正月の風景が
一足お先に頭の中にやってきた。

楽屋に、柳家花緑師匠の色紙があった。

『人生は遊び場
 子供の頃はそうだったのに、大人になったら
 忘れてしまった        柳家花緑 』


と書かれていた。

はて、私の遊び場はどこにあるのだろう。

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2010-12-05-SUN
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