MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『人生は奇なり』


<旨いが、痛い>

どうやら、左上に口内炎ができているらしい。
いつものそば屋さんで、
いつものせいろを食べているのだが、
すする度につゆが口内炎に触れて痛い。
いつものように旨いつゆなのだが、しみて痛い。
痛いのだが、旨い。
そこで、私は考えた。
まず、そばを旨いつゆにたっぷり漬け、
口に入れるのだが、
口に入れた直後に首を右に傾けるのだ。
そうすると、そばと旨いつゆは
口内炎のある左上には届かない。
右側だけで食べていれば、
いつものように旨さだけを感じていられるのだ。
旨い、旨いなぁと感嘆しつつ、ふと厨房を見ると、
店主のおじさんと目が合った。
おじさんが私のテーブルにやってきて、
「ねぇ、今日のそば、旨くないかい?」
私は少し驚きつつ、否定した。
「いやいや、いつものように旨いですよ。
 どうして?」
すると、おじさんが、
「だってさぁ、そばを一口すする度に、
 あんたが首を傾げるからさぁ。
 あれれ、
 今日のは旨くないのかなぁと思ってさ」


<珍問答>

大好きな師匠と番組内で対談する機会があった。
師匠の独演会を収めた番組で、
落語2席の間に師匠とトークを繰り広げるのだ。
収録の前に、師匠が言う。
「これまで色んな人に来てもらったんだけど、
 皆、やっぱり落語を誉めてくれるんだよ。
 『上手いですねぇ』とか『最高です』とか。
 でもね、それって、
 あたしとしては辛いんだよね。
 肯定すりゃぁ自信過剰の嫌なやつだし、
 否定するとゲストの人が困って
 更に誉めようとするでしょ。
 だからさぁ、
 誉めもしなけりゃ貶しもしないことにしましょうや」
打ち合わせが終了して収録が始まった。
師匠が開口一番、
「で、どうですかねぇ」
私はしばし考えて、
「あの、師匠ご自身はどう思われてるんですか?」
師匠はやや焦りつつ、
「いやいや、
 あたしは、本人は分からないものだよ。
 分からないけれども気にはなる。
 だから、どんなものかなぁと
 率直なところを訊きたいような、
 訊きたくないような」
私も焦りつつ、
「好きです」
奇妙な対談は、更に続くのであった。


<塗るべきか塗らざるべきか>

マジシャンにとって、指先は重要である。
特にカード、トランプを使ったマジックを
演じる場合、指先が美しくなければならない。
爪が伸び過ぎていたり、
汚れていては不思議さなど
どこかへ消え去ってしまうのだ。
ゆえに、私は近所のネイルサロンに定期的に通い、
爪を磨いてもらい、
透明なマニュキアを塗ってもらっている。
ネイリストの彼女が言う。
「私の父は内装の仕事をずぅ〜っとやっていて、
 壁なんかを塗っていたんですね。
 それでね、父が言うんですよ。
 『俺が塗る仕事をしてたから、
  お前も塗る仕事を選んだんだよ』って。
 絶対に、100%違いますよねぇ。
 だって、そりゃぁ、塗るってことは同じだけど、
 爪と壁じゃぁ違いますよねぇ」
彼女は続けて、
「最近、父が言うんですよ。
 『このところ、壁を塗るっていう家がなくてさ。
  みんな壁紙を貼っておしまいって家ばかりだよ。
  壁を塗る仕事なんてありゃしない。
  それでさぁ、俺もお前に教わって
  爪に塗ることにしようと思うんだよ。
  なぁに、塗るのは本当に上手いんだから』
 小石さん、あんなおっさんに塗ってもらう気に
 なりますかぁ? 」
おっさんネイリストが近々デビューするかもしれない。


<幾つになっても>

僕の敬愛する先生が卒寿を迎えられ、
祝いのパーティが盛大に催された。
先生が卒寿、90歳とはとても信じられない。
いつものように着物を召され、背筋はピンと伸びている。
「喜寿、米寿とパーティを続けてきたでしょ。
 だんだんと出席する方が減ると思ってましたのよ。
 それが、逆に増えに増えて、
 とうとう大きな会場に変更しなくちゃいけなくて」
ある中年女性が登壇し、お祝いの言葉を述べた。
「私はこれまで、年を取るのが恐くてなりませんでした。
 でも、先生を見ていて、恐さが消えてしまいました。
 だって、先生を見ていると、
 何歳になっても大丈夫って思えてしまいますもの。
 以前は年を取るのが恐くて、
 自分の年齢を言うのも嫌だったのですが、
 もう平気で言えます。
 私は、今年55歳になります」
僕の周りにいた女性たちがささやき始めた。
「あの方、今年60歳のはずよねぇ」

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2010-11-21-SUN
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