MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『芸は身を・・・』


立冬も過ぎたのに
暑くさえ感じられる日の午後、
私はマジック界の先輩を訪ねた。

先輩がいつものようにゆっくりと語り始めた。

 『芸は身を助く』
 などと、世間では申しますなぁ。
 「いいですねぇ、手品ができて。
  まさに、芸は身を助く。
  好きなことやって飯を食う、
  はぁ〜、実にうらやましいですねぇ」
 いつも、そんなふうなことを言われておるんですなぁ。

 確かに、好きなことを仕事にしてますがねぇ。
 しかしまぁ、あたしなんざぁ、この芸で我が身が
 助かってる、なんて実感はありゃしませんでね。

 この世界に入ってからというもの、
 新しいマジックのタネをいつも考えてなきゃなんない。
 そりゃぁもう、まさに寝ても醒めても、
 四六時中頭ん中で、
 良いタネないかなぁと考えてる。

 そりゃぁ、時にはどこか
 マジックのタネを売ってるところがあってね、
 そこで買ってやってみたら
 ウケた、なんてこともあるけれどさ。
 それはそれ、ほんのいっときのことであってね。
 趣味ならそれで良いってなもんだろうけれども、
 ひょいと買ってきたタネで飯を食うなんて芸当が
 通用しちゃおかしいんでね。

 だいいち、それで食えるような芸だったら、
 そりゃぁ芸じゃないんだと思うよ。
 やっぱり、自分で必死になって考えたタネを
 自分の演出で見せてこそ、
 あたくしの芸でございますって言えるんでね。

 なんてね、偉そうに言っているけれども、
 まるでアイデアが浮かばない時は、
 どこかで面白いマジックのタネを売ってないかなぁ、
 売ってたら買うのになぁと思うんだよね。

 面白いマジックのタネさえ売ってるんなら、
 これほど楽で楽しい仕事なんてありゃしないよ。
 面白そうなタネは、ほんのたまぁに売っててね。
 それをつい買っちゃうんだけれども、
 どうにも自分のものになってくれないよ。
 自分なりの、自分だけの演出を付けないとねぇ。
 やっぱり、自分で思いついた新しいタネが
 ウケた時の喜びが一番でね。
 そのために、ない知恵絞って
 毎日新しいタネを考えているというわけさ。
 こうなると、あたしが思うに、
 『芸は身を削る』
 が正しいように思えるんだよ。

 それに、好きなことだけをしていたら
 食えないというのがこの世界でね。
 ほら、マーケットのニーズってぇやつですよ。
 「そんなマジックは見たくない、
  我々が見たいのはこんなマジックだぁ!」
 そう言われちゃえば、心ん中で、
 「いやいや、
  あたしのやってるマジックが一番だから、
  黙って見てなさい」
 そう言いたくても、
 客の好みのマジックもしなきゃいけないからねぇ。

 「大きなステージ、舞台だから、大ネタをよろしく」
 雇い主からも注文されたりするからね。
 仕方ないから、高い道具を発注したり、
 時には自分で作ることあったりする。
 あたしの知ってるマジシャンなんざぁ、
 大掛かりなマジックで
 末はラスベガスの舞台に立つんだなんて、
 大きな夢を見てさ。
 事務所に借金して何台も製作して。
 そうなると、それらを保管しておく倉庫も
 借りなくっちゃいけなくて。

 そこまでしてがんばったのに、
 まるで仕事が来なくてさ。
 ラスベガスは遥か遠いまんまでさ。
 あげく借金ばかりが増えて、
 さっぱり首が回らなくなっちゃった。

 こうなると、
 『芸は身を滅ぼす』
 てなもんさ。
 だから、そうそう簡単に芸は身を助けてはくれない。
 でも、それでもなんとか続けてれば、
 いつか良いこともあるはずだよ。

先輩はいつものようにマジシャン、
芸人として生きることの大変さを語りながら、
言外に喜びや楽しみをも教えてくれるのだった。

帰り道、いつもの店でチョコレートを買うことにした。
店のパティシエが、

「ねぇ、この子、つい先日ウチに入った新人なんだよ。
 ちょっとさぁ、マジック見せてやってよ」

私はポケットの輪ゴムで小さなマジックを見せた。
新人の女の子が驚きながら頬を赤くすると、

「不思議だよなぁ。
 小石さん、このチョコ、持ってってよ」

身を助くような芸はまだまだ無理だろうけれど、
輪ゴムのマジックは
大きなチョコに化けてくれて嬉しかった。

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2010-11-14-SUN
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