MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『火の国、夢の国、熊本』


久しぶりに、熊本へ行って来た。

早朝の飛行機に乗って熊本空港へ、
そこからお迎えの車で1時間ほどで、
目的の玉名温泉に到着した。

ホテルの周りの大きな木々から、
蝉の声がまるで豪雨の雨音のように降り注いでくる。
実際の空は青く晴れ渡って、
容赦ない南国の陽射しが照りつけていた。

さて、今日から
3夜に渡るディナーショーに出演するのだ。
宿泊するホテルは大きく、大浴場の温泉は
源泉掛け流しという贅沢さであった。

それに加えて、ホテルのすぐ前にある
系列の温泉施設も源泉掛け流し、
いつでも利用できるという。
温泉が大好きな私にとって、
源泉掛け流しほど魅力的なものはないのだ。

熊本も猛暑で、仕事のない午後に
運動を兼ねた散歩をしようにも、
数分歩いただけで熱中症になりそうだ。
そこで、温泉で歩いてみたり、
人が少ない時は泳いでみたり、
実に心地よい運動ができるのだった。

ショーは午後7時から始まり、
九州在住のマジシャンの皆さんと一緒に
2時間近く務める。

3日間とも大入りで、始めから盛り上がってくれる
実に良いお客さまであった。

「熊本は良いところですね。
 ただ、具体的にどこが良いのかは分かりません。
 お客さん? まぁまぁですね」

などという私のしょうもないしゃべりにも
笑いを返してくれるのだった。

ショーが終わると、宴会場で打ち上げとなる。
ショーは2時間なのに、
打ち上げは3時間過ぎても終わらない。
熊本名物の馬刺し、からし蓮根などをいただきながら、
ビール、地元の焼酎、日本酒などを呑み、酔っ払う。

朝は、ホテルの朝食バイキング。
明太や高菜漬け、海苔などが並んで、
ついついご飯をおかわりしてしまう。
昼は、レストランでカレーとかパスタなど。
これが、地元の野菜や肉などを使っていて、
実に美味しいのだ。
午後7時からのショーに備えて、
午後5時くらいにサンドイッチなどをいただく。
ショーの後は、夕食兼打ち上げという日々。

食べている時とショー以外、
私は源泉掛け流しに浮かんでいる。
檜風呂、ジェットバス、ぬる湯、あつ湯、サウナ、
露天などを渡り歩く。

幸福過ぎる日々の3日目の午後、
私は相変わらず源泉掛け流しに浮かんでいた。

すると、向こうから子供が数人寄ってきた。

「昨日、マジック観たとよ」

ホテルに泊まって温泉に入り、
マジックショーを楽しむファミリープランなるものに、
親とともに参加していた子供たちらしい。

「今日もマジックするとぉ?」

「そうだよ、
 マジックしないと温泉に入れないんだよ」

「ふぅ〜ん、どこから来たと?
 ◯◯? □□? △△?」

どうやら、子供たちの世界は
まだ熊本の内のみらしく、
近隣の地名ばかりを言っている。

「違うよ。東京から来たんだよ」

「へ?
 すると飛行機で来たと?
 飛行機って、お金、いくら掛かると?」

「いくらかなぁ、
 なんせホテルが払うから
 僕は知らないんだよ」

すると、子供たちが心底感心したように、

「い〜いなぁ〜」

と嘆息するのだった。

「タダで飛行機に乗れるとよ、
 い〜いなぁ〜」

「ホテルはどこの部屋にいると?
 ホテルもタダで泊まると?」

子供たちは矢継ぎ早に質問を繰り出してくる。

「だからね、飛行機もホテルも、
 温泉もレストランで食べるのも、
 なんでもタダなの」

するとまた、

「い〜いなぁ〜」

の大合唱になるのだった。

「あのね、
 どうやってマジックできるようになったと?
 マジックするにはどうすればよかと?」

う〜む、困ったことになった。

確かにマジックをすることで生活をし、
タダで温泉に入り、タダ飯を食べ放題の時もある。

だが、マジックを生業にすることが、
この子供たちが思い描いているような
夢のような暮らし、
幸福への一本道であるというわけでは、
無論ないのだ。

「だけどね、ホテルに呼ばれないと
 温泉には入れないんだよ。
 レストランで食べることもできないよ。
 だいたい飛行機にも乗れないし、
 熊本にも来れないよ。
 とにかくね、
 呼ばれないと寂しいんだよ」

私がさも悲しげに湯船に顔を沈めると、
子供たちも同じように
顔を沈めた。

だが、ひとりの子供が私を励ますように、

「ねぇ、今なんかマジックできると?」

私も元気になにか見せたかったが、
あいにく裸で
手には手ぬぐいしかなかった。

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2010-08-15-SUN
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