MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『子供の夏、大人の夏』


子供の頃、夏の沈みゆく夕陽に向かって、
「ばかやろ〜」
などと叫んでみたかった。
当時、テレビの青春ドラマの主人公が叫ぶシーンを
幾度となく見ていて、なぜか憧れてしまったのだった。

ところが、僕が生まれた岐阜は海なし県で、
当然ながら海も砂浜も存在しなかった。
近くにあるのは川で、
砂浜の代わりに石がごろごろしている
川岸があるのみであった。

そんな川岸を走ってみるのだが、
砂浜と違って石だらけの岸は
実に走りづらい。
しかも、ドラマの主人公のように
砂浜に倒れ込んだりすれば、
石にぶつかって大怪我してしまう。
青春の悲しみの涙の代わりに、
怪我の痛みに泣くことになる。

それでも、なんとか川に向かって、
「ばかやろ〜」
と叫ぼうとすれば、
声をかき消してくれるはずの潮騒がなく、
たやすく対岸を歩いている人に聞こえてしまうのだった。

「こらっ、そこの坊主、
 人に向かってばかやろ〜とはなんだっ。
 こっちへ来いっ」

などと叱られること必定だ。

海なし県の若者は、鬱屈した青春のもやもやを
どこで叫べばよいのだろうか。

「山はあるんでしょ?
 頂上から叫べばスッキリするんじゃない?」

などと言われそうだ。
だが、山で、
「ばかやろ〜」
などと叫べば、そのまま何度も何度も、
「ばかやろ〜」
がコダマとなって
おのれに返ってきてしまうのだ。

僕は何も叫べないまま青春の夏を過ごしたのだった。


子供の頃の夏は、エアコンなど夢のまた夢であった。
それでも、実家の裏には農業用水が流れ、
その向こう岸は大きな竹林であった。
表の庭には打ち水をしてあり、
涼しい風が吹き抜けていた。
お風呂で行水をして、
縁側で冷たい西瓜にかじりつけば、
寒いくらいに涼しかった。

夕ご飯を食べたら、すばやく蚊帳の中に逃げ込む。
本来は蚊よけのためなのだが、
子供にとって蚊帳は鉄壁のバリアーであった。
恐ろしい雷、稲妻も、
蚊帳の中にいれば安全だと信じていたのだ。

時々、蚊帳にカブトムシが飛来してくる。
普段はあまり見なかった昆虫たちの足の動きを、
ぼんやりと眺めながら眠ったものだ。

大人になり、プロ・マジシャンになると、
夏は仕事ばかりになった。
あちこちの夏祭りに呼ばれる。

街の公園でのマジック・ショーと
ウルトラマン・ショーの後に、
町内カラオケ大会の審査員を務めるのが
僕とウルトラマンさんである。

最初の人が歌い終わり、

「ウルトラマン審査委員長、いかがでしたか?」

という司会者のフリに、ウルトラマンさんは、

「シュワッチッ」

というひと言を残し、
バッタリと倒れてしまったのだ。

控え室で応急手当をすると、
ウルトラマンさんはすっかり元気になった。

「いやぁ、自分ではまだ大丈夫と思ってたんですよ。
 気がつかないうちに気が遠くなって。
 やっぱり、僕は
 3分しか持たないみたいです」

熱射病や熱中症などは、
まだ大丈夫と思っているうちに倒れてしまうものだと、
僕はウルトラマンさんに教わったのだ。

真夏の砂浜でマジックをすることになった。
灼熱の中で得意のネタである頭を回すのだが、
頭と同時に目が回ってしまうのだった。

後に登場した当時のアイドル歌手さんは
あまりの暑さに途中で歌詞が出てこなくなったようで、
後半はハミングだけになってしまった。

子供の夏、大人の夏。どれも、僕だけの夏。

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2010-08-01-SUN
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