MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『しゃべるマジシャンの悩み』


「あのね、近々、お知り合いの幼稚園のパーティが
 ありましてね。それで、マジックが良いと思ったのよ。
 となると、ナポレオンズさんにピッタリの仕事でしょ。
 だから、電話してみたのよ」

ある方からの、ありがたい電話であった。
お話を聞いてみると、
様々にピッタリではない条件ばかり。
中でも、

「マジックって、子供向けでしょ」

という部分に、少々戸惑ってしまった。
マジックは、本当に子供向けの芸なのだろうか。
確かに、小学生でも幼稚園児であっても、
マジックの不思議さを完全に理解してくれる。
反応は、大人と何ら変わらないのだ。

ただ、私の通常のしゃべりは
決して子供向けではない。

「本日はお忙しい中、かつまた生活の苦しい中、
 ようこそのお運びで。
 加えて、実に淡白なうえに上品な拍手を
 ありがとうございます。

 それでは、まだやっているナポレオンズの、
 またやっているアレ、
 あの伝統芸、ぐるぐる回すやつです。

 はぁぁぁ、こんな名人芸が
 何の感動もなく過ぎてしまいました。

 ところで、マジックのタネ、トリックとは何か。
 ひと言で言うならば非常識なのであります。
 つまり、観客の頭の中に
 おそらく詰め込まれているであろう
 常識の外にあるものがタネなのですよ。

 だから、非常識の客をマジックでダマすことは
 不可能なのです。
 今日は、どうにもダマしにくいようで」

もちろん、観客のほとんどが小さな子供の場合は、
このようなしゃべりはしない。

子供たちは言葉の意味よりもリズム、
弾むような音に反応してくれるので、

「みなちゃぁん、ほんらほらほら、
 ふわんふわん、たらんたらん、
 ほうら見て見て、ちゃんらりんりん」

このようなしゃべりも決して嫌いではないし、
小さな子供たちが笑うのを見ているのは
とても幸福なものだ。

ただ、私はやはりちょいと毒があるトークが好きなのだ。

「今日の記念に、
 ナポ特製のステッカーを差し上げます。
 このステッカーは今夜おやすみの前に、
 体の痛いところに貼って寝てください。
 すると翌朝、貼ったところが、
 かぶれています」

ひょっとすると、
ただの性格の悪い大人なのかもしれないが。

どうにも困ってしまう状況が、最近増えてきた。
お爺ちゃんとお婆ちゃんが、可愛い孫を連れて
マジック・ショーを見にくるのだ。

会場に、父親や母親など中間の年代の姿は皆無。
おそらく彼らは仕事や日常の雑用に忙しく、
子供と祖父母を会場へ送り、
自分たちはさっさと職場や家に向かったのであろう。

したがって、客席は半分が老人、半分は幼児である。
私は、トークの照準をどちらに絞ったらいいのだろう。

「みなちゃぁん、
 お元気で生きてらして良かった。
 心配しておりました。
 ほうら、ふわんふわん」

背中を冷や汗が流れる。
先月、老人ホームと隣の幼稚園の
合同パーティなどという仕事もあった。

「マジックだったら、年齢や性別も関係ないでしょ」

確かに、間違いではないのだが。

最近は、高齢者向けの講演が多くなった。
様々に手口を変える詐欺に、
高齢者がダマされないようにする方法を、
マジックのトリックを交えて語るのだ。

講演であるので、あくまで話が中心である。
ところが、現場に到着すると
『マジック・ショー』あるいは
『マジック公演』と書かれたポスターが
貼ってあったりする。

ほとんどが高齢者の会場の
一番前の席に小さな子供が数人、
マジックを期待して座っている。
はて、私は予定通り講演をすべきか、
マジック公演にすべきか、
はたまたマジック・ショーにしてしまうべきか。

しゃべるマジシャンの悩みは、今日も尽きない。

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2010-05-16-SUN
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