MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『つぶやき、なう』


Twitterなるものを始めた。
友人に勧められるままに、
ついでにパソコン操作もお願いして
めでたくTwitter仲間となったのである。

「Twitterって、140文字までつぶやけるのよね。
 140文字って、日本語なら充分なんだけれど、
 英語だと少ないのよ。
 例えば、日本語で『消化器』はたった3文字でしょ。
 でもね、英語だと『Fire Extinguisher』なのよ。
 『冷蔵庫』も3文字、それが『Refrigerator』。
 だから、英語だとたくさんつぶやけないのよ」

バイリンガルの美しいキャリア・ウーマン、
Yさんがワインを片手につぶやいた。
私が英語で何かをつぶやくことは、
おそらくないと思うが。

千葉県に行った。
某企業の会議室で、60分のショーを依頼されたのだ。
木曜日の午後3時半から、
約300人ほどの社員のために
マジック・ショーを、とのことであった。

ホテルの宴会場で開催される企業のパーティには、
よく呼ばれたりする。
普通は夕方、仕事を終えて参加というパターンが多い。

それが、今回は平日の午後3時からの開演である。
私には不思議でならなかった。

「実はですねぇ、
 精神面の問題を抱えてしまった社員が、
 全社員の1%を超えてしまったんでね。
 そうなると、職場環境に原因があると
 考えられるのですよ。
 まぁ、それを1%以内に抑えるためにね、
 こうして仕事の途中でリラックスしてもらおうとね。
 だから、ナポさんのいつもの、
 思いっきり馬鹿馬鹿しいのを、
 たっぷりお願いしますよ」

担当の方が私の疑問に答えてくれながら、つぶやいた。

私たちマジシャンは、
一日中マジックのことばかり考えている。
そうなると、いつか私も
精神面に問題を抱えるかもしれない。

「これからは週に1度くらい、
 リラックスするために
 馬鹿馬鹿しいエッセイを書こう」

私はそう誓いつつ、つぶやいた。

友人の作家からお誘いがあった。

「なぜ人はダマされるのか、
 そんなテーマでひとつ企画があるんでね、
 ちょっと飲みながら話を聞かせてほしい」

寿司屋のテーブルで、
私はマジックのトリックのあれこれを説明した。

「人間の頭の中に常識というものが詰まってます。
 詰まってない人もいるけれど。
 で、マジックのトリックは、
 実は常識の外にあるんですよ。
 つまり、ほとんどの人間に常識が備わっていて、
 それが常識の外、
 非常識を見抜けなくしているわけです。
 それで、人生経験豊富な立派な大人ほど、
 ダマされるのだと思います」

作家は私の話を録音し、熱心にメモをとった。
後日、デパートでばったり出会った作家氏が、

「あぁ、あの企画はじつはボツになっちゃいました。
 なぜってね、
 例えばセールス・トークにしても
 テレビのコマーシャル、特にテレビ・ショッピング、
 そういうものすべてにテクニックというか、
 トリックというか、必ずあってね。
 現代社会のあらゆるもの、ところに、
 言葉は悪いけど『インチキ』な部分を含んでいる
 という結論になったんだよ。
 そんな結論では、どうにも話が暗いでしょ」

また一緒に飲みましょうとつぶやきつつ、
去って行った。

「そうかぁ、なるほど。
 確かに『インチキ』ではないけれど、
 観ている人間が欲しくなるように誘導する
 心理誘導があって、
 それらがマニュアル化されてるもんなぁ。

 でも、マジックにはタネも仕掛けもあるということが
 一般に認知されてるし、時にはタネも明かしている。
 マジックを見ている観客は、さぁダマされましょう、
 あるいはダマされないぞって思いながら見ている。

 ということは、マジックだけは唯一
 『インチキ』ではない、ということになるよなぁ。
 なんだか、実に
 アイロニーな話だ」

マジシャンである私は、そうつぶやいていた。

東北地方に行った。
文化会館大ホールで開催される寄席への出演のためである。

順調にステージを務め、帰り支度を済ませた。
「15時半に、タクシーを呼んでください」
担当者に、そう頼んでおいた。
最寄り駅までは20分ほど。
予定よりも早い新幹線に乗れるだろう。

楽屋口を出ると、担当者が笑みを浮かべつつ
「お疲れさまでした」と言う。
時間は15時半である。
しかし、タクシーの姿はどこにもない。

「あの、タクシーはどうしました?」

私の問いに、

「はい、今15時半ですね。
 ではタクシーを呼びます」

担当の若者は、携帯を取り出して電話をかけ始めた。

「15時半にタクシーを呼んでといったら、
 普通は、
 15時半に楽屋口にタクシーが着くように
 手配してください、そういう意味だよ。
 15時半になったらタクシー会社に電話して、
 という意味じゃないだろう」

私は心の中でつぶやき続けた。
若者がゆったりと告げた。
「20分ほどで来るそうです。寒いですから、中で
 お待ちください」
「おいおい、お前のせいで、早めの新幹線には
 乗れそうもないよ」
私は再び心の中でつぶやいた。

「ディズニーランド、なう」
「東京駅。今から大阪へ、なう」
「ちょっと早めに羽田、なう」

このようなつぶやきが、Twitterには多い。
今現在、いる場所をつぶやくのだ。
そうすると、

「私も、東京駅、なう。何か事故があって、
 ダイヤが乱れていますよ」

というような情報が得られることもあるそうだ。
また、そこで新しい出会いもあるのかもしれない。
私も、あちこちの場所で
「◯◯、なう」
などと、つぶやいてみたい。

だが、残念なことに、未だに携帯でつぶやく方法が
分らないままだ。
仕方なく、私はつぶやく。

「つぶやけません、なう」

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2010-01-31-SUN
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