MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『私の才能』


私は、様々な才能に恵まれている。
そんな豊かな才能を与えてくれた両親に
深く感謝している。

数多の才能のほんの一端であるが、
私は早起きが苦手である。
目覚ましをいくつも枕元に並べ、次々に鳴る
「起きろっ! 起きろってば!」
という叫びに応えて起きる。

しかし、脳は目覚めたようでも
なかなか目が開かない。
そこで目薬、それもなるべく目にしみるものをさす。
それでやっと目が開いて起きる気になる。
つまり、私には朝になっても
深々と眠ることができるという、
大変な才能を有しているのだ。
その才能は眠りに入る時も顕著で、
いつも音楽や落語を聴きつつ眠るのだが、
音楽はせいぜい1曲くらいで、
落語に至ってはマクラを聴いただけで眠りに入ってしまう。
朝に負けず劣らず、夜も私の眠る才能は発揮されるのだ。

余談であるが、
眠る際に聴いている落語の師匠に会った時、

「いつも師匠の落語を聴いて眠っています」

と言うのは、失礼であろうか。

「早々にあくびが出て、ぐっすり眠れます」

そう言っているように
解釈されてしまう可能性があると思い、
未だ本人に会っても伝えられないままの私である。
もちろん、聴き惚れつつ笑いつつ眠ることができる
素晴らしい話芸ゆえに、
毎晩聴いても飽きないのであるが。

私は、新聞を読んでいたかと思うと
テレビを見ていたりする。
そうかと思うと、
画面から目を離して柔軟体操をしたりする。
それもまたすぐに止め、今度はパソコンに向かう。
しかし、その数分後には本を読んでいたりする。
つまり、短時間に様々なことをできるという
才能に恵まれているのだ。

すべてが中途半端であるのは仕方のないことである。
それより、私の才能をひとつの行為だけに発揮し続けるのは
もったいないではないか。
はたから見れば、ただの落ち着きのない大人と
思われるかもしれないが、
私には少年のような軽やさを保つ才能があるのだ。

私にはダイエットの才能がある。
まったくの無趣味の私であるが、
ウォーキングはほぼ毎日のように続けている。

今日も今日とてウォーキングしている。
すると、だんだんと体が温まってくる。
汗をかいてくる。
実に爽快な気分になると同時に、のどが乾いてくる。
まだ2、3キロしか歩いていないのだが、
目に留まったレストランに入り、
迷わずビールを注文する。
私の、アルコールは何でも飲めるという才能は
たちまちジョッキを空にし続ける。
それではダイエットどころか太ってしまうのだが、
なんと私には
何杯ものビールをダイエットに変化させる才能が
備わっているのだ。
ウォーキングを済ませて家に帰ると、
いつものようにお腹がゆるくなっている。
たくさん飲んだビールの効果がてきめんで、
私の辞書には『便秘』の文字はないのだ。

お陰で私は、ちょっと出てきた腹以外は
スリムな体型を保っている。

極度の近視かつ乱視の私は、
まず眼鏡をかけて洗顔に向かう。
眼鏡をかけたまま洗顔をするわけではないが、
眼鏡なしではどこかにぶつかるかもしれない。
それほど目が悪いのだ。

洗顔の後、眼鏡からコンタクト・レンズに代える。
これでやっと、鏡に映っているぼやけた変な顔が
自分のものであったことを認識するのだ。
私は、この現実の世界に生きているにもかかわらず、
すべてが幻想的にぼやけている
美しい世界を見ることもできるのだ。

現実の世界は様々に厳しく、時に醜いものである。
現実を直視したくない時には、
私はただ裸眼になればよい。
すると、いくら直視しようとしても焦点が定まらず、
厳しく醜い世界はすっかり角が取れて
ぼんやり美しくなるのだ。
「まぁ、いいか」
そんな心境になれるのだ。
つまり、私には現実と幻想の両方を見るという才能が
あるのだ。

私はマジックが相当に苦手なマジシャンである。
私は不器用にできているので、教わったマジックの
ひとつとして上手にできない。
その代わり、しゃべってごまかすという才能が育まれた。

「おぉっと、あのエルメスの、
 隣の店で買ったスカーフから、
 出ました!
 さっきまで縮んでいたとしか思えない
 ステッキであります。
 これはデパートで買ってきた
 3千円は下らない手品商品であります」

などと、いいかげんな解説をしまくるのだ。

解説専門となった私は、
マジックのタネや技法をまったく学ばないまま
プロ・マジシャンであり続けている。
それゆえ、初めて見るマジックには
びっくりしてしまう。
客席で見ている観客よりも先に、
たいそう驚くことができるという才能は、
誰にも真似のできない私だけのものである。

私は、マジシャンなのにマジックに心底驚くことができる、
おそらく世界でただひとりのマジシャンなのである。

後は、私の父母の長寿という才能を受け継いで
長生きすれば、私は将来、
人間国宝に推挙されるに違いない。

さて、様々なコンプレックスでお悩みの皆さん、
いつでも私に相談いただければ、
直ちに短所を才能のひとつに代えるマジックを
伝授いたします。

このページへの感想などは、メールの表題に
「マジックを読んで」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2009-12-13-SUN
BACK
戻る