MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『避けては通れない』


このところ、歯医者に通う日々が続いている。

今日も午前中から診療台に横たわった。
先生が穏やかな声で、
少し困ったように話してくれた。

「うぅ〜ん、これはやはり、
 しばらく通っていただいて、
 時には1時間とか1時間半とか、
 しっかり治療していただくしかないかなぁ。
 どうします? 小石さん」

患者としては、
歯医者さんのご意見には従うしかないのだが、
頭の中では、
「きっと痛いのだろうなぁ。
 今のところ歯が痛いわけではないし、
 適当にごまかせないかなぁ」。

すると、僕の頭の中をレントゲンで透視するように
先生は言うのであった。

「見なかったことにしよう、なかったことにしよう
 とはできませんからね。
 避けては通れないですからね」

避けては通れないのか。
確かに、避けていたとしても、
近い将来に大きな問題になるに違いない。

僕が師事した師匠は、とても大胆な方であった。
高級住宅街に邸宅を構え、高級車を乗り回していた。
維持費だけでも大変な金額であった。
おそらく、相当な負債を抱えていたに違いない。
しかし、当時は銀行引き落としなどという
無粋かつ冷淡なシステムがなかったのだ。

毎月、集金係が邸宅のチャイムを鳴らし、その都度、
師匠が対応されるのだった。

「私が払うと言ったら払うのだ。私を誰だと思っている。
 私は逃げも隠れもしない。
 ただ、私が出向いてまとめて払うから、いちいち
 来なくてよいのだ。帰って待ってなさい」

これで万事解決であった。
偉大な師匠は、あらゆる問題を追っ払い、遠ざけ、
避けながら、太く太く生き抜いたのだ。

今は、そうはいかない時代になった。
集金係が来ない代わりに、
銀行口座から何の狂いもなく引き落とされるのだ。
残高が足りなければ、
たちまち次の厳しい対応が待っている。
電気もガスも水道も、クレジット・カードも新聞も
電話も家賃も管理費も、
なんでもかんでも自動引き落としなのだ。
待ってくれも、まとめて後でど〜んと払うなんてことも
ありゃしない時代なのだ。

避けて通れない時代。

考えてみれば、歯医者さんだけではなく、
毎日毎日の食事だって避けては通れない。
食べなくては生きていけない。
朝起きて、眼鏡を探さなければならない。
近眼なので、目覚まし時計が何時を差しているのか
分からないから。

避けては通れない。

歯を磨かなければならない。
面倒だと放っておけば、
あの痛く辛く悲しい虫歯になってしまう。

避けては通れない。

洋服を選ばなければならない。
外はパジャマだってよさそうな陽気だが、
パジャマで歩けば近所の病院の
患者に間違われるかもしれない。

避けては通れない。

仕事に出かけなければならない。
なんせ零細企業である。

「今日は休みます」

と言ったって、代わりの人物などいないのだ。
雨が降っても雪になっても、仕事に行かねばならない。

避けては通れない。

ただし、このエッセイだけは避けて通りたくない。
むしろ、何と言われようと書き続けていたい。
僕の人生の、ひとつの大きな生き甲斐ですらあるのだ。

「小石さん、もうこんなつまらないエッセイは
 書かないでください。掲載をストップしますよ」

そう宣告されないよう、今日もひと文字ひと文字、
考えに考え抜いてキィを叩いているのだ。
そうしないと、担当していただいている厳しい
編集者の目は、
避けては通れない。

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2009-10-04-SUN
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