MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『小さな痛みのあとに』


このところ、どうにも病気続きである。
と言っても、すこぶる軽症の類いではあるが。

耳かきをし過ぎて耳の中に傷ができ、
それが腫れて痛みだしたのが始まりだ。

しばらく耳鼻咽喉科に通い、
すっかり良くなった頃、
今度は右手の人差し指の先を切ってしまった。

ベランダのシマトネリコという木の、
枯れた小枝を剪定鋏で切っていた時、
誤って小枝を持った指先ごと鋏を入れてしまったのだ。

小さな傷ではあったが意外と深く切れていて、
かなりの出血だった。

慌てて絆創膏を貼って止血した。
指先の絆創膏は、マジシャンにとって
実に厄介なものである。

「いいですか、よく見てくださいね。
 両手には何も持っていません」

などとマジックを始める。
すると観客が、

「待って、その指先の絆創膏が怪しい」

などと指摘されてしまう。

ここで、

「いやぁ、実はですね、
 木を鋏で切っている時に・・・」

などと正直に説明しても、

「いやいや、絶対に怪しい。
 剥がしてくれる?」

剥がして傷を見せていては、
マジックなどどこへやらだ。

人差し指の傷が治り、絆創膏を剥がした頃、
今度は親指の先を切ってしまった。

野菜をスライスする調理器具が入ったカゴの中のものを
取ろうと手を入れた瞬間、
親指の先に鋭い痛みが走ったのだ。

どうやらスライサーの刃に
指先を突っ込んでしまったようだ。
大きめの絆創膏を巻いて、
今度は親指が怪しくなってしまった。

たかが絆創膏、されど絆創膏。
絆創膏はマジシャンと政治家には似合わないどころか、
信用すら失わせてしまうものなのだ。

指先から怪しい絆創膏が消えた頃、
今度は右の奥歯が痛くなった。

歯が痛いと同時に、歯茎まで痛いように感じる。
翌日、慌てて歯医者に飛び込んだ。

「小石さん、久しぶりですねぇ。
 お元気でしたか?」

「先生、元気だったら
 ここにお邪魔することもないのですが」

先生は変わらない優しい表情で微笑まれ、

「小石さんが以前に来られていたのは、
 何年前でしたかねぇ」

「はぁ、たぶん3、4年前ですかねぇ」

「もう10年前ですよ。
 私の髪がまだ黒かった頃ですよ」

そうかぁ、もうそんなに時が過ぎてしまったのか。

「そんなに持ったのは、
 やはり私の治療が良過ぎましたかねぇ」

先生の腕が落ちていないことを祈りつつ、
あちこち調べてもらった。

薬をいただいて服用するうちに
歯の痛みはすっかり良くなり、
後は定期的に通院して保守点検に努めることになった。

軽症といえども、
どこかに傷やら痛みがあるのは精神的にも辛いものだ。

今回は、少しだけ間を置いて次々とやってきたのだが、
これが同時期に起きたらどんなにか辛いことだろう。
耳が痛み、次々と指先を切り、
おまけに歯が痛みだしてはマジックどころではあるまい。

朝起きてどこにも大きな問題がないというのは、
実に大きな幸福、そうしみじみ思った。

さて、絆創膏のない指先でマジックをご覧いただこう。

「どこにも怪しいところはないですね?」

すると観客が、

「お前が怪しい」。

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2009-09-20-SUN
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