MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『夏の午後の夢』

蒸し暑い日本の夏が続いている。
エアコンで一気に涼しくしたいところだが、
エコ・ライフ、省エネが叫ばれている昨今である。
私は窓を開けてソファに横たわった。
すると、すぐに睡魔がやってきて、
眠ってしまったようだ。
相当に寝苦しく、
そのせいか悪い夢を見てうなされてしまった。

夢の中で、お客さんがしきりに文句を言う。

「おいおい、
 そんなマジックなんか見たくないんだよ。
 不思議でもなきゃ面白くもない」

私は夢の中でも背中に汗をかきながら応えるのであった。
現実なら、

「はぁ、どうもすいません」

などと謝って逃げ切ろうとするはずである。
ところが、夢の中の私は決して謝らなかった。
それどころか、奇妙な反論を始めたではないか。

「あのねぇお客さん、
 例えば、美術館に行って見た彫刻が
 気に入らないとする。
 その際、あなたは今のように
 『つまんないぞ』というような文句を言いますか?
 絵が面白くなかったら文句を言いますか?
 仮に言ったとしても、彫刻や絵は謝りませんよ。
 彼らは皆、黙っているだけですよ。
 お客さんが前に立っても、
 彫刻は『ようこそお越し下さいました』とか
 『お忙しい中、ありがとうございます』なんて
 言ってくれませんよ。
 完全にお客さんを無視し続けるのですよ。
 それでも、お客さんは文句なんて言わないでしょ。
 それなのに、
 懸命にお客さんを喜ばせようと思っている私たちに
 文句を言う。
 例えば、釣りに行ったとする。
 まるで釣れなくても、魚たちに文句を言うのですか?
 『たまには釣り針にかかれよ』なんて
 言うのですか?」

お客は、私の意外な反撃に驚いたらしく、
腕を組み黙ったままでいる。
怒りにも似た感情が膨らんできた私は、更に、

「むしろ、
 彫刻とか絵とかに文句を言うのなら良いですよ。
 だって彼らは聞いてないんですから。
 私たちは生身の人間だから聞こえるんですよ。
 文句があるにしても、
 ちょっと我慢すればすぐに終わるんだから」

一度火が点いた怒りは、なかなか収まらないようで、

「映画の方が面白い、なんて言う人もいますよ。
 でもね、映画やテレビは、
 あれは生じゃないんですよ。
 我々は本物、生きてお客さんの目の前にいるんですよ。
 映画の中の登場人物と話ができますか?
 その点、私たちとは直に話ができる」

話は更に発展し、

「動物園にしても、寝てばかりのカピバラ。
 お尻しか見えないゴリラ、笑わない、愛想のない猿。
 どうですか。
 その点、私たちは常に
 満面の笑みでお客様に接してます。
 決してお尻なんか見せませんよ」

話は更に転がって、

「我々の芸はお客次第なんですよ。
 そりゃもう、他力本願の典型なんですから。
 我々の体調の善し悪しは
 芸にまったく影響しないです。
 それより、客の善し悪しで
 芸が決まるくらいなんですから」

目が覚めた。
汗が体の表面を覆い尽くしているようだ。
それにしても、
夢の中での芸に対する言い訳というか、
反論はいったい何だったのだろう。
普段のステージ、舞台でもしたことがない
苦しい弁論だったのだ。

知らず知らずのうちに、
私自身も気付かないようなストレスを
溜め込んでいるのだろうか。

私はエアコンのスイッチを入れた。
省エネ、エコ・ライフはちょっとだけお休みして、
涼しい風を受けてもう少し眠ろう。
そして、今度こそ拍手喝采の夢を見るのだ。

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2009-08-23-SUN
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