MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『米寿、テレビ、骨』

父が今年88歳、米寿を迎えた。
子供たちでプレゼントする祝いの品は、
地上デジタル・液晶テレビである。

昨年の夏に帰郷した際、父が、

「そろそろ家のテレビを
 買い替えんといかんなぁ。
 今までの放送は、じきに終わるのじゃろう」

確かに、現在のアナログ放送は2011年に終了し、
地上デジタル放送へと切り替わる。

「お父ちゃん、
 でもまだ2年くらい先の話だよ」

私がそう言うと、

「いやいや、2年後に、
 生きてテレビを見られるとは限らんでのう。
 今のうちに買い替えるつもりじゃ」

2011年どころか、2022年までだっ
て易々と生きていそうな父ではあるが、
祝いの品にちょうど良いかもしれない。

子供たち3人で均等に出し合って購入した。

昨年の夏、
私は冷房の効いた部屋にいて、

「田舎って、こんなに暑かったかなぁ。
 これじゃ一歩も外に出られないよ」

などと嘆きつつ、太陽が照りつける窓を見た。
すると、炎天下の庭で
父は収穫してきたネギを干す作業をしていたのだった。

今回の帰郷は1月、私は暖房を効かせた部屋で
こたつに潜り込んでいるのに、
父は日課である散歩に意気揚々と出かけるのだった。

父は健康診断の結果も問題なし、
脳みそもしっかりと機能しているようで、
人の名前や地名などがスラスラと出てくる。
むしろ、子供の私の方が物忘れが多いくらいだ。
毎晩ウイスキーをたっぷりと呑むのだが、
翌日二日酔いの様子もない。

88歳を迎えた今日まで、
父は長男である私の世話を一切受けたことがない。
健康を保ち散歩を欠かさず、
農作業をし書をたしなみ、毎晩晩酌を楽しんでいる。
子供は親孝行でなくとも、
父は実に子供孝行な親なのだ。

再来年には母も米寿を迎える。
母は膝の軟骨の一部分を痛めていて、
普通なら人工骨を入れる手術をするのだが、

「いやぁ、実に骨密度の高い立派な骨です。
 切るにはもったいないので、
 他の方法を考えましょう。
 もし手術をするにしても、
 もう少し待った方が良いと思いますよ」

担当のお医者様が感心するほど、
母は丈夫な骨の持ち主らしい。

「お母ちゃんは、
 米寿の祝いには何が欲しい?」

私たちが尋ねると、

「そうじゃなぁ、
 ひょっとするとその頃に手術かもしれんでなぁ。
 みんなに人工の骨でも買ってもらうかなぁ」

どうやら再来年になっても母の骨は拾わずに済み、
子供たち3人で買うことになりそうだ。

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2009-02-01-SUN
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