MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『マジシャンと世界経済』

私は、時代が醸し出す空気に
敏感に反応する人間である。
今現在、世の中は未曾有の不景気感が漂っている。
従って、私の消費マインド、
購買意欲も凍土に埋もれているマンモスばりに
冷え込んだままだ。

例年の冬は、タンスの中の冬物を眺めつつ、

「いったい、
 去年の冬は何を着ていたのだろう。
 見る限り、今年も着られそうな冬物は
 ほんのわずかだ。
 仕方ない、冬物を買いに行こう」

などと自分を納得させて買い物に出向いていたものだ。

ところが今年の冬先、

「どうやら去年は
 相当たくさんの冬物を買い込んだらしい。
 ありゃりゃ、似たようなものばかり、
 よくもまぁ買ったものだ。
 これなら、今年は
 セーター1枚だって買う必要はないなぁ」

などとつぶやき、
デパートは未だ遠い存在のままになっているのだ。

プロ・マジシャンとなって、
早くも30年を越えてしまった。
その間、バブル経済、
そしてバブル崩壊などを経験してきた。

世の中がバブル景気に浮かれていた頃、
私たちマジシャンにも潤沢に仕事が回ってきたものだ。
毎日のように羽田に向かい、
飛行機で全国を飛び廻ったものだ。
落語家さん、漫才などの芸人さんたちと羽田で出会い、

「あれぇ、今日はどちらですか?」

「俺たちは北海道なんだよ。2泊3日だよ」

「そうですかぁ、僕たちは九州、1泊です」

「じゃぁ、今度、パァ〜っと飲み会しよう」

東京駅でも、顔見知りの芸人さんたちと
同様の会話を交わしたものだ。

「なんだかさ、こう毎日のように
 東京駅や羽田に行くのなら、
 いっそ定期を買った方が安いよなぁ、
 はっはっは」

仕事は3泊4泊と続くことが多く、
家に帰って下着などを詰め替えて
再び3泊4泊の仕事に出かけていた。
仕事が終わると、毎晩のように打ち上げ、
飲み会があった。
土地土地の名物をいただき、
お酒もたくさん呑んだものだ。
先輩の芸人さんなどは、連夜の酒で顔が赤黒くなり、
昼間から酔っぱらったような顔をしていた。

バブル崩壊後、
東京駅でも羽田でも、
芸人さんを見かけるのがめっきり少なくなってしまった。
また、泊まりで行く仕事も少なくなった。
北海道でも沖縄でも、
とにかく日帰りという仕事ばかりだ。
泊まりだと宿泊費や食費などの
経費が掛かってしまうので、
朝早くの便で行き仕事を済ませ、
最終便で帰る旅程ばかりになった。
実に健全、かつ健康的な日程ばかりで、
おかげさまで体調も良い。
バブル崩壊も、悪いことばかりではないようだ。

バブルの絶頂期には、仕事が多くあった。
すると、マジシャンの心理にも大きく作用し、

「これまで一生懸命にマジックの技術を磨き、
 また持って生まれた天性の才能もあって、
 それでこんなに仕事をいただけるように
 なったに違いない。
 ちょいとテレビにも出させてもらい、
 少しは顔も知られるようになったかな、
 ふふふ」

マジック界も活況を呈していて、
海外から多くのマジシャンを迎えての
世界大会が催されていた。
そんな大会の司会なども務め、
海外のマジシャンとも交流を深め、
やがてアメリカやヨーロッパのマジック・ショーに
ゲストとして招かれることも珍しくなくなった。

「とうとう、夢にまで見ていた
 世界的に活躍しているマジシャンの
 仲間入りかなぁ、ふふふ」

今にして思えば、マジシャンである私の心理も
バブルに浮かれているただのお調子者であったのだ。
従ってバブルが一気にはじけると、
私の高揚感も煙のように消えてしまったのだった。

世間の波に浮かれるのも早く、
流されるのも早い私の心。
まるで激流に翻弄されつつ流れていく木の葉のように、
裏になったり表になったり。

たぶん、無理な夢であるとは思うが、
プロ歴32年目となる2009年こそは慌てず騒がず、
穏やかな流れにたゆとうマジシャンかつ
小説家になりたいと願っている。

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2008-12-14-SUN
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