MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『残されたもの・エピローグ』

サーカス団のテントは跡形もなく消え去り、
広場は元の駐車場に戻っていた。
多くの動物たちと曲芸師たちのショー、
綱渡りやピエロたちが見せてくれたスリルと微笑み、
それらは再び別の街へと旅立っていった。


一通の手紙が、
園児たちと一緒に作った
カバさんの郵便受けに届いた。

「母と話しました。
 母は、僕が過ちを犯さなかったことに安堵し、
 泣いていました。
 当然ながら、母もあの日のことを
 忘れてなどいません。
 あなたを許すという気持ちにも
 なれていないはずです。
 たとえ事故だったとしても、
 家族の楽しい思い出になるはずの一日が、
 地獄のような日々の始まりと
 なってしまったのですから。

 僕がマジシャンとなった理由も目的も、
 母は知っていたと思います。
 しかし、止めることもできずにいたのでしょう。
 母は理解してくれていたのです。
 今の僕の生きる糧が、
 父を奪った人間を突き止め、
 なんらかの復讐をすることだけであるのを。
 と同時に、僕がいつの日にか
 平穏な心を取り戻せるよう、
 祈ってくれていたのだと思います。

 僕は今、思うことがあります。
 僕が未だ憎んでいるのは今のあなたではなく、
 あの日、僕の父をステージ上で殺めてしまった
 マジシャンであるのだと。

 皮肉なことに、
 あの日のマジシャンに復讐するために、
 僕自身もマジシャンになりました。
 復讐のためだけに、
 マジックの修行を続けたのです。
 僕の計画は実を結び、
 とうとう復讐を遂げるチャンスを
 つかんだのでした。

 しかし、そこに、
 復讐すべきマジシャンはもういませんでした。
 あの日のマジシャンは、
 もうどこかで死んでしまっていたのです。

 僕は、復讐を終える時を迎えたようです。
 そうして、あの日に父が僕に見せてくれようとした、
 夢のように楽しく不思議なマジック・ショーの
 ステージに戻るべきなのです。

 ギロチンの刃には細工がしてありました。
 あなたを殺すことも、
 生かしたままマジックを成立させることもできた。
 どちらになるのか、
 その綱は僕の手に握られていると思っていました。
 ところが、実際には、
 その綱はあなたが握っていたのです。あなた自身の、
 そして僕の人生を左右する綱をも。

 ひょっとすると、
 誰の手にも、誰かの命の綱が
 握られているのかもしれません。
 僕は、僕の持っている綱を決して離さぬよう、
 これから新たな人生を生きていきます。

 僕たちは、
 マジックによって人生を狂わせられ、
 再びマジックによって
 人生を取り戻せたのかもしれません。
 僕は、もう一度、
 マジシャンとしての人生を始めます。
 あなたも、もう過去の呪縛から
 解き放たれてほしいのです」


桜は満開を迎えていた。
園児たちは、彼らにとって
人生のほんの数度目の春のただ中を
走り回っている。

「園長先生、
 いっぱい、いっぱい、
 花が落ちてくるよ」

「そうだねぇ、とってもきれいだ。
 おや、この桜の花びらを
 手の中に握って、
 ふぅっと息をかけると、
 あらぁ、不思議だねぇ、
 こんな可愛いサクランボになったよ」

(終わり)

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2008-12-14-SUN
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