MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『続・残されたもの』

番組は高視聴率を獲得し、第2弾、第3弾と続いた。
私は、若くして芸能界で
大成功を収めたマジシャンとなったのだ。

その後、日本各地で脱出マジックを公演し、
名声に続いて大きな富を得ていった。
公演を重ねるにつれレパートリーを増やし、
マジック・ショーは日増しに充実、
慌ただしくも順調に時は過ぎていった。

夢中で日々の公演をこなし、
様々な経験が私のマジックに積み重なった。
忙しく日本の各地を廻っているうちに
8年という歳月が過ぎ、私は30歳になっていた。
その日も、私は東北の街の
市民ホールのステージに立っていた。

ホールの楽屋から、
川の両岸に続く桜並木が見えた。
桜は満開の時を迎えていて、
まるで桜色の川のように、
どこまでも続いているのだった。

ショーは順調に進行し、後半のステージを迎えていた。

「さぁ、どなたか、
 一緒にマジックを経験していただきたいと思います」

ステージには、大きな花瓶に
たくさんの赤い薔薇が挿されている。
だが、この薔薇をマジックに使う訳ではない。
観客をステージに上げてしまうと、
この薔薇はさっさと片付けられてしまう。
代わりに、ステージには
『ギロチン』が運び込まれるのだ。
薔薇は、観客を安心させる小道具に過ぎないのだった。

人の良さそうな60代と思われる男性が、
女性アシスタントに促されてステージへとやってきた。

「さぁ、それでは、
 このお客様に参加していただくことにしましょう。
 お客様にチャレンジしていただくのは、
 このマジックです!」

私の合図で、
『ギロチン』がステージ中央にセッティングされた。

『ギロチン』、
大きく重い刃が落ちてきて、
下に空けられた穴に入れられた人間の首を
切断してしまうという、死刑に使われた道具である。
マジック・ショーにおける『ギロチン』は、
上から大きく重い刃が落ちてくるのは同じであるが、
穴に入れられた首が落ちることはない。
刃は、空けられた穴の上のストッパーにあたり、
停止する仕掛けになっているのだ。

いつものように、ステージに登場した男性を促して
頭を穴に入れてもらい、

「ワン、ツー、スリー!」

助手が手にしていたロープを離すと、
刃はまっすぐに落ちてきた。
いつものように鈍い音とともに
刃がストッパーに当たる音がした。
観客から悲鳴が入り交じった歓声が聞こえてきた。
と、その声にかき消されるように、
いつもとは違う、
うめき声のようなものが耳に聴こえてきた。
私は、そのうめき声の聴こえる方向を探った。
すると、私の目に男性の頭部が飛び込んできた。

夢なら一刻も早く覚めてほしかった。
しかし、それは夢ではなかったのだ。

重い刃が落ちた衝撃で
締め付けが緩んでいた金属製のストッパーが
穴の部分に食い込んでしまっていたのだった。
ストッパーは、男性の首に衝撃を与えると同時に、
強く圧迫していたのだ。

「は、早く、カーテンを閉めろ!
 誰か、早く、助け出せ!」

『ギロチン』を倒し、
必死になって刃とストッパーを避けると、
男性の頭を穴から抜くことができた。
しかし、その先はどうしたらいいのか、
誰も知る由もなかった。

やがて、誰かが呼んでくれた救急車が到着し、
男性は病院へと搬送された。

私は、ステージを手伝ってくれている
数人のスタッフとともに所管の警察署に連行された。
あれこれ事故の経緯を聴取されるのだが、
刑事の声はまるで耳に聴こえてこない。

「刑事さん、あのお客さんは、
 あの、大丈夫でしょうか?」

初老の刑事は、

「残念だが、
 君の罪状は業務上過失致死になったよ」

(つづく)

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2008-11-23-SUN
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