MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『残されたもの』

 『ギロチン( guillotine )。
  広辞苑によれば、
  フランスの医師ギヨタンの提唱によって制作された
  死刑執行の斬首台。
  2本の柱を立て、その間に斜め状の刃のある斧を吊り、
  その下に受刑者をねかせ、死刑執行者が縄を引くと、
  その斧が落下して受刑者の頸部を切断するように
  造ったもの。
  主としてフランス革命時代に用いられた。
  断頭台。ギヨチン。』


11月に入ったというのに、
境内の中庭は暖かい日差しに温められている。
園児たちが、額に汗をにじませながらも
飽きることなく走り回っている。

「園長先生、
 先生も一緒に駆けっこして遊ぼうよ」

園児たちが私のもとに走り寄ってきた。

「はいはい、
 だけどね、私はもう走ることなんて、
 とうの昔に出来なくなっているからね。
 堪忍しておくれ」

それで園児たちが諦めるはずもない。

「じゃぁ、なるべくゆっくり走ってあげるから、
 ねぇねぇ一緒に駆けっこして
 一等賞を決めようよ」

園児たちに手を引かれ、
私は境内の桜の木の下のスタート・ラインに立った。
ごつごつとした枝ばかりになった桜の木を見上げると、
確かに秋の気配を感じさせる高く青い空が見えた。

そうだ、あの日、今日のような青空の下、
関東地方の桜は華やかに満開を迎えていた・・・。


私は、まさにこれから
人気を独り占めしようかという勢いのマジシャンだった。
大学のマジック研究会で様々なマジックを習得し、
年に数回の発表会や学園祭でイリュージョン、
つまり大ネタを演じていた。
完全に自己流であったに過ぎない
私のイリュージョン・マジックが、
なぜか学園祭のメイン・イベントにまで
なってしまったのだ。
評判を聞きつけた大学のOBが勤める
ケーブル・テレビに出演したのがきっかけとなり、
大手民放テレビの特番に進出することになった。
ただの学生マジシャンに過ぎなかった私が、
ほんの数ヶ月の間に
ゴールデン・タイムの番組でイリュージョンを演じる
スター・マジシャンとなってしまったのだ。

「ぜひ、我が社の専属になって、
 一緒にテレビ界を総嘗めにしようじゃないか。
 君には、マジックの革命児になれる要素がある」

芸能界というものに
まるで興味のなかった私でも知っている
芸能プロダクション、魁プロの藤堂社長自らの誘いを受け、
私は現役の大学生のまま
プロ・マジシャンとしての活動を始めることとなった。

『天才イリュージョニスト、
 香坂真は死を恐れない。
 しかし・・・』、
そう題された私の初めてのスペシャル番組は、
12月も半ばを過ぎた金曜日の夜に放送された。

ずいぶん以前に倒産してしまった工場の広い敷地に、
今夜だけのために設置された
線路が敷き詰められていた。
その始発点には、本物のSL機関車が
白い煙を絶え間なく吐き出し、
今にも走り出そうとしていた。
始発点から伸びる線路の1キロ先の地点に、
私は横たわっていた。
情けないほど蒼白の顔を隠そうともせず、
私はされるがままになっていた。
両手をしっかりと縛られ、
その不自由になった両手首と足首を
線路のレールにしっかりと固定されていたのだった。

「さぁ、ご覧いただきましょうか。
 イリュージョニスト、香坂くんは
 間違いなく冷たい鉄製のレールに
 両手足を縛られています。
 ここからわずか1000メートル先には、
 本物のSL機関車が待機しています。
 その機関車が、今ゆっくりと走り出しました。
 まだ、ゆっくりです。
 しかし、もうすぐに、
 機関車はトップ・スピードになって
 この場所に到達、通過することでしょう。
 その前に、香坂くんは
 レールから脱出しなければならないのです。
 あぁ、もう機関車の音が鳴り響いてきました・・・」

線路に横たわったままの私に
まるで棺桶のような箱がかぶせられ、
スタッフたちが一斉に線路から遠ざかる。
と、すぐに、機関車が線路を軋ませてやってきた。
まだ箱は微動だにしていない。
危ない、もう間に合わない。

箱を粉々に砕き、
機関車は段々と速度を落とし、
やがて停止した。
ゴトン、と車輪が半回転し、
機関車の運転席から誰かが出てきた。

「あぁっ、
 香坂くん、香坂くんが出てきました!
 まったくの無傷、元気なようです。
 奇跡の脱出は、まさに成功しました!」

(つづく)

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2008-11-16-SUN
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