MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。


『マジック・ハーレム』

瞳ナナさんは、私の大好きなマジシャンである。

「ひゃ〜ん、私ってぇ、
 は○な愛さんに似てるって言われるから、
 よく間違われるんですけれど、
 本物の女性マジシャンですよ」

いつものように、
は○な愛さんのような低めの声で
疑惑を否定しようとする瞳ナナさんである。

「だってぇ、小石さんだって、
 小石さんの多すぎる髪の毛だって、
 疑惑ですよねぇ」

マジック界には、どうにも解き明かせぬ謎、
秘密、疑惑が尽きぬものらしい。

さて、
そんな瞳ナナさんプロデュースのマジック・ショーが
開催されることになり、
栄えあるゲスト・マジシャンに私が選ばれたのであった。

「ナポレオンズさんとしてではなくてぇ、
 小石さんに出ていただけないかしら」

そう低い声で言われて、
私はついついふたつ返事でOKしてしまった。

10月、さすがに秋めいてきたある日の夕方、
新大久保駅から歩いてすぐのところに、
マジック・ショー『M・O・M』
(マジック・オブ・マジック)が開催される
ホールがあった。

会場に着くやいなや、
私は自身の小説『神様の愛したマジシャン』を
入り口近くのテーブルに並べる作業を開始した。
なんせマジック・ショー、
同好の志が会場を埋め尽くすはず、
我が小説も飛ぶように売れてしまうに違いない。
しっかりとお釣りの小銭まで用意してきた私に、
主催である(社)日本奇術協会の担当者の方が
声をかけてきた。

「あのですね、物品を販売される場合は、
 10%を協会に収めていただくことに
 なっているんですよ」

おいおい、ちょっと待ってね、
私の小説の印税が10%ですよ。
その10%を取られてしまったら、
私の印税分のすべてがなくなってしまうのですよ。
それはいくらなんでもご勘弁くださいまし、
お代官様。

延々と激しい交渉を繰り広げた結果、
もし多く売れたならば10%の代わりに小説を一冊、
協会に贈呈すればよろしいという結論に
達したのであった。

「小石さん、何やってるんですか、
 これから私と一緒にやる大ネタの
 人体交換ボックスの練習をしなくっちゃ」

ずいぶんと小さい箱の中に
頑丈そうな手錠をはめたまま閉じ込められた私と、
外にいる瞳ナナさんが瞬間に入れ替わるのだという。

何度も言うが、
私はマジックが苦手なマジシャンである。
そんな急に言われてにわか練習をしただけでは、
入れ替わりなどできそうもないではないか。
だが、瞳ナナさんは落ち着き払った様子で、

「だってぇ、いつもの普通の大ネタですもん、
 できますってぇ」

いやいや、ナナさんにとっては普通でも、
しゃべってばかりの私にとっては、
いつもでも普通でもありはしない。

抗議むなしく、手錠をはめられ
狭苦しい箱に押し込まれる私であった。
扉が閉められ暗い箱の中に閉じ込められた私は、
重篤な閉所恐怖症のマジシャンであることを思い出した。
たちまち心臓は鼓動を早め、息が苦しくなってきた。

入るや否や限界が来て、
必死になって脱出を計ると
素早く脱出に成功した私であった。

「きゃぁ〜、さすが小石さん、
 脱出するのが早いわぁ」

短所も、時として長所に変わることもあるのだ。

「今日はよろしくお願いします」

主催者のひとりで、
ミストフェリーズというマジック・チームを率いる
マジシャン、Aさんの声が聞こえてきた。
以前、あるマジック・ショーの司会を務めていた私は、

「皆さん、ミストフェリーズ、
 霧の妖精たちのマジック・ショー!」

と紹介すべきところを、

「皆さん、ミストフェリーズ、
 霧の妖怪たちのマジック・ショー!」

とやってしまい、
Aさんにお叱りを受けたのであった。

日本は高齢化社会である、
そう思い知らされる観客の皆さんが席を埋め、
いよいよマジック・ショーの開演となった。

懸案であった交換ボックスというイリュージョンは
大成功であった。
ステージ中央でポーズを決めた私の周りに、
ナナさんを始めアシスタントを務めてくれた
若い女性マジシャンたちがいてくれた。

苦節30年、私は夢のハーレム気分を味わっていた。

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2008-10-19-SUN
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