MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

裁判員制度が始まるという。
ある日、いきなり召喚状が届き、
『◯◯裁判所において、裁判員に任命します』
てなことになってしまうのだろうか。
マジシャンの善し悪しについて
判決を言い渡せというのであれば、
私は裁判長にだってなれると思う。
しかし、一般の事案について有罪か無罪かとなると、
はなはだ心もとない。不謹慎にも、
どうか私なんぞ選ばれませんようにと祈りつつの今回、

『マジシャンの裁判』

多くのプロ・マジシャンが所属している日本奇術協会が、
現在ふたつの訴訟を起こしている。
ひとつは、テレビ局がニュース番組で
マジックのタネを明かしたことに対しての異議、
もうひとつは、マジシャンが
お札やコインを使ってマジックをする際、
お札やコインにちょっとした加工を加えることが
違法であるという判断に対する異議であるという。

ある日、ぼんやりと
テレビのニュース番組を見ていた。
すると、確かにニュースなのに、
キャスターがいきなり
コインにタバコが貫通してしまうマジックを
始めたではないか。
思わず身を起こして画面に見入ると、
キャスターは更にコインの裏側の
タネの部分をあからさまに見せてしまった。
私はすぐには状況が判断できないでいた。
これは本当にニュース番組なのだろうか?
ニュース番組でマジックなど、
今まで一度も見たことがない。
続けて、キャスターがニュース原稿を読み始めた。
「このように、マジック用に通貨を変造して
 販売していたマジシャンが摘発されました」
コインにタバコを貫通させるマジックは、
アメリカで古くから
25セント・コインを加工して演じられている。
日本でも、加工コインをアメリカで購入した人が
演じていたのだが、
やはりなじみのない25セント・コインでは
不思議さが半減してしまう。
そこで、500円硬貨を加工し始めたのであった。
本物の500円玉の中央にタバコがゆっくりと入って行き、
そのまま貫通してしまう不思議が
目の前で起きてしまうのだ。
これまでは、ごく少数のマジック愛好家、
プロ・マジシャンの間で流通していた。
今回は、その変造コインを
大量に製造、販売していた業者が
摘発されたというニュースだったのだ。
この報道の仕方に異議を申し立てたのが、
日本奇術協会であった。
私は、日本奇術協会のある幹部にこれまでの経緯、
意見を訊いた。
「ニュースになるのは仕方ない。
 しかし、それなら事実をただ言葉で説明すれば
 事足りるはずだよ。
 なのに、加工されたコインの裏側、
 タネを見せてしまった。
 そんな必要などまったくないのに」
マジシャンにとっては貴重な共有財産であるタネ、
トリックの部分を、テレビという公器がなんの断りもなく
一般の人々の眼にさらしてしまうという行為は、
看過できないという主張であった。

同じマジシャンとして大いに共感できるのだが、
これまで多くのタネ明かし番組に
出演してきた私としては、
まるで私自身が訴えられているような気持ちに
なってしまった。

さて、もう一方の係争事案であるが、
これまた変造コインについてであった。
前記の幹部マジシャンの意見は、
「貨幣、紙幣を変造するのが罪になる、
 というのは理解してるよ。
 でもね、マジック用に少しだけ加工するのが
 どれほどの罪というのか。
 誰もがビックリする不思議なマジック、
 面白い現象を創り出すための加工が、
 どれほど社会の害になるというのか」
あくまでマジックのための加工であって、
悪用されることなどなければ
例外として認めてほしいという主張であり、
せっかくの不思議なマジックを
四角四面に法律の網をかけて
埋もれさせてしまうのはいかがなものか、
という意見なのであった。

ふたつの裁判のうち、
ひとつは既に最高裁まで進んでいるという。
はたして、我らが日本奇術協会は
勝訴を勝ち取ることができるのだろうか。
また、私がこの裁判の裁判員に選ばれたとしたら
どのような判断、判決を下せばいいのか、
思案に暮れる今日この頃である。

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2008-05-08-THU
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