MAGIC
ライフ・イズ・マジック
種ありの人生と、種なしの人生と。

『涙の披露宴』


「もしもし、俺だけど、久しぶりだねぇ」
古い友人からの電話であった。
友人は続けて、
「実はさぁ、娘がとうとう結婚することになったんだよ。
 でね、披露宴の司会を頼めないかなぁと思ってさ」
古い友人の頼み、それも娘さんの披露宴とあれば
断るわけにはいかない。
「分かった。お引き受けいたします」

これまでも何度か、披露宴の司会を務めたことがあった。
おめでたい祝宴であり、
幸せなカップルを間近で見られるのも良いものだ。
ただ、問題がひとつ、私はものすごく涙もろいのだ。
どのくらい涙もろいかというと、
なんとなく付けっぱなしにしていたテレビに
泣いている人が映っていたりすると、
つられて泣いてしまうのである。
なぜ泣いているのかとか、
悲しいのか嬉しい場面なのかも分からないまま、
前後の脈絡など関係なく、
ただ泣いている人の姿にもらい泣きをしてしまうのだ。
初めて披露宴の司会を務めていた時のこと、
宴はなごやかに進行していた。
友人、親類縁者たちのスピーチも楽しく、
私は順調に司会を進行させていった。
「それではここで、ご両家を代表いたしまして、
 新郎の◯◯が自らご挨拶を申し上げます」
宴ももう最終局面を迎え、新郎がマイクの前に立った。
「え〜、本日は生活の苦しい中、
 へへへ、はなはだ千円札、いや、違いました、
 はなはだ僭越ながら、へへへ」
新郎はいつものキャラの通り、
しょうもない馬鹿スピーチを始めた。
友人たちがその馬鹿スピーチに輪をかけて
下品なヤジを飛ばした。
突然、なぜか新郎の声が途絶えた。
それにつれてヤジも消えていった。
急に静まり返った会場に、
新郎のすすり泣く声が小さく聞こえてきた。
すすり泣きに混じって、
「俺は、本当に、うれしいです」
つぶやくような声の後、新郎は号泣した。
新婦も泣いていた。
さっきまでヤジを飛ばしていた友人たちも泣き始めた。
私は、なんとか泣くまいとした。
が、すでに涙で進行台本の文字が見えなくなっていた。

後輩が結婚するという。いやはや実に目でたい。
披露宴の司会を、という依頼にふたつ返事で応えた。
「それではここで、ご両親への感謝の手紙を
 新婦より披露されます」
初々しく、可愛い新婦がマイクの前に立った。
「お母さん、私がいけない娘だったのは、
 いつのことでしたか?
 お母さんが作ってくれた弁当を、
 一口も食べないで帰ってきたことがありましたね。
 学校で友達に
 『お前の弁当って、なんだか今風じゃねぇなぁ』
 などと言われ、お母さんに
 『こんな弁当はイヤ、友達にバカにされた』
 などと言ってしまいましたね。本当にごめんなさい」
「お父さん、私がいけない娘だったのは
 いつのことでしたか?
 お父さんがせっかく買ってきてくれたセーターを
 『こんな色、私には似合わない』
 などと言ってしまいました。
 それなのにお父さんは
 『そうかぁ、じゃぁ、お前の好きな色を教えておくれ』
 と言ってくれました。
 本当に、私は悪い娘でした。
 私は家を出て行きますが、
 これからもお父さんお母さんの娘でいさせてください」
お父さんお母さんの涙は、もう止まることはなかった。
お母さんはうつむいたままハンカチで目を押さえていた。
お父さんは呆然と前を見たままで、
大きな目から涙が流れ落ちていた。
また、私の原稿の文字がぼやけて見えなくなった。

「あかん、すんまへん、涙で文字が見えへん。
 おとん、おかん、本当にありがとう。
 あんまり酒呑まんといて,長生きしてほしいねん」
後はひたすら号泣が続いた。
新婦が、泣きながら新郎の背中を撫で続けていた。
新婦の父、私の古い友人の姿を見ると、
新婦から渡された大きな花束で顔を隠すようにして
立っていた。
花束が小さく揺れ続けた。

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2007-09-30-SUN
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